9.日常

まだまだ、暑 い日が続いている。

片丘クリックの院長の奥さん、片丘市議から寺井社長に調査依頼があった。


院長が、時々、昼休みにどこかへ出掛けている。


いくら問質しても、口を割らない。

一体、どこへ行っているのか調べて欲しいとの依頼だった。


どこの家庭も夫婦の会話が少ないのだろう。


景子の携帯に乙葉ちゃんママからメールが届いた。


「大変、ご迷惑をおかけしました。

母の葬儀が終わり次第、連絡するつもりでした。

突然だったので、後の片付けに手間取り、連絡が遅れました。

やっと落ち着いたので、お伝えします。

北海道の実家で農業を継ぐことにしました。

色々とご心配をお掛けしましが、そう決心しました」


相田夫婦の新たな生活が始まっようだ。

こちらは、夫婦で話し合っているのだろうか。

それにしても、ずいぶんと、あっさりとしたメールだった。


秋山家にも夫婦の会話が増えいる。

千景に少し変わった様子が見えて驚いている。

保育園へ千景を迎えに行った。


「吃驚しました。千景ちゃんが、喋ったんですよ」

千景が、保育園で喋ったことを山本先生は、大喜びで云った。


弘としては、ちょっと複雑な気持ちだった。

千景が、保育園で喋ったことは、こんなにも大事件なのか。

それでも、山本先生が、これほど心配していた事には、感謝している。


弘は、山本先生から聞いた保育園での出来事を景子に話した。


庭で、アヤノちゃんが転んだ。

アヤノちゃんが大声で泣いていた。

それを見て、チカちゃんが走り寄って、「大丈夫」と云って「怪我してないん?」と心配していた。


アヤノちゃんが、肘を擦り剥いていた。

チカちゃんが、走って部屋へ戻って来た。

「先生。アヤノちゃんが、転んで、ケガしてる」大声で、先生を呼びに来た。


それ以来、保育園で千景は喋っている。喧しいくらいに。

一体、誰に似たのか。


先日も、山本先生は、「千景ちゃんは、とっても良い事をしたんですよ。本当に優しい子ですね」と云った。

「そうですか。どんな事ですか」弘が山本先生に尋ねた。


千景は、山本先生のエプロンを何度も引っ張って云わせないようにしている。

すると、「お家で、聞いてみてください」と山本先生は、千景の願いを聞き入れたように云った。


弘は、帰って千景に尋ねた。

しかし、恥ずかしそうに笑うばかりで教えてくれなかった。

景子も、躍起になって尋ねるのだが、話してくれない。


どいつもこいつも、口を割らない。

良い事をしているのに何故、云わないのか。


今日も、保育園へ千景を迎えに行った。

山本先生が少し困ったように云った。

最近は、元気過ぎて、お昼寝をせずに、何度も絵本の読み聞かせをねだるそうだ。


もしかすると、山本先生は、以前のように、静かな千景に戻って欲しいと思っているのかもしれない。


シゲノお祖母さんの容態は安定した。

やがて、毎回、目覚める度に、全く新しい世界に居ることになるそうだ。


「何があったんですか?」山本先生は、保育所での出来事を喋り続けている。

千景の様変わりに山本先生は驚いているようだ。


「いや、特に何も」弘は、あの時の事を思い返した。


大内病院で、シゲノお祖母さんが、うわ言を云った。

「チカちゃん。大丈夫や。なあ」

シゲノお祖母さんが、静かな息をしている。


息をする合間に小さいけれど、はっきりと囁いた。

「チカちゃん。お庭。綺麗やなあ」

シゲノお祖母さんは、はっきりと、「チカちゃん」と云った。


「ヒロム君。お祖母ちゃん、チカちゃんと喋ってるみたいやなあ」

景子が云った。

弘も、そんな風に感じていた。

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