8.認知症

シゲノお祖母さんは、認知症と診断されていました。

大内病院の介護施設で居たのですが、一ヶ月ほど前から病棟へ移っていました。


大内先生の話では、シゲノさんの記憶は薄れて、過去の記憶へ遡っているそうです。

どれくらい過去の記憶に遡っているのかは、分かりません。

時々、大声で歌っているのは、童謡です。


シゲノさんは、弘さんのお祖母さんです。


千景にとっては、曾祖母に当たります。

弘さんのお父さんである努さんをあやしていた時の、子守唄なのでしょうか。

それとも、シゲノお祖母さんの幼い時分に歌った童謡なのか、分かりません。


弘さんが、梅本薬品に就職して、一年後にお祖父さんは倒れたそうです。

それから三年後に、お祖父さんは亡くなりました。


シゲノさんは、気持ちが折れたのでしょうか。

一気に老い込んでしまったそうです。


もう、だめかもしれないと、大内院長から寺井社長に伝えられました。


慌てて、三人で見舞いに訪れたのです。

見舞いのつもりだったのですが、もしかすると、看取りになるかもしれません。


弘さんはシゲノさんの枕元にいます。

景子は、千景を抱き寄せてしっかりとシゲノさんの顔を見せています。


「千景。お父さんのお祖母ちゃんやで」千景に云いました。

千景が生まれてお宮参りの後、施設へ三人で訪れて報告しました。


すでに、シゲノさんの認知症は進行していました。

次に千景を連れて行ったのが、七五三の時だったのです。


弘さんは、ベッド脇の丸椅子に腰かけています。

景子は、千景と一緒に窓際のパイプ椅子に腰かけました。


その時、サキエさんが、叔父さんと一緒に病室に入って来たのです。

サキエさんは、シゲノさんの妹さんです。


景子は、病院の売店で買った缶ジュースを千景に渡しました。

千景が、ジュースを一口飲んで、何かぼんやりしていました。


千景が、缶ジュースを景子に渡して、シゲノさんの枕元へ近づいて行きました。

ベッドにぶら下がるように、しがみついています。


そう云えば、千景はみんなと挨拶している時も、全く喋らなかった。


「おい。千景。どうしたんや?」弘さんが心配そうに云いました。

千景は答えません。

サキエさんと会って、恥ずかしいのかもしれません。


「ヒロムさん。これが、そういう事なんかな?」景子は、思い当たる事があります。

景子の云う「これ」とは、保育園で喋らなくなる。という状態のことです。

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