4.バイク

「おい。どうしたんや」近藤が、弘の包帯に気付いて尋ねた。

弘は、オートバイで襲われた時に、左肘を怪我していた。

フェンスにぶつかった時の擦過傷だ。骨には、異状ないと思う。

弘は、近藤に経緯を話した。


「それ。そのオートバイ。緑、モスグリーンのトライアンフのバイクやなかったか」

近藤が冗談のように聞いた。

トライアンフのバイクと云われても分からない。


近藤が、バイクの説明をした。

映画で、主演俳優が、ナチスの追跡から逃げるシーンで、乗っていたバイクだそうだ。

その映画を観ていたが、弘が襲われたのが、そのバイクかどうかは、分からない。

ただ、弘を襲ったバイクは、黒色だったので、近藤の云っているバイクではない。


「けど、何で、そのバイクやと、思うたんや」弘が尋ねた。

「あれっ。知らんかったんか。三田主任のバイク」近藤が、また冗談のように云った。


近藤の退勤時間は、午前八時で、三田主任と同じだ。

近藤は、よく三田主任が、オートバイで帰宅するのを見掛けていた。

三田主任に、バイクの事を尋ねた。

三田主任が、オートバイの自慢をしたそうだ。

近藤が、弘に説明したとおり、三田主任は、近藤に説明したそうだ。


「そう云えば、三田主任は?」昨日から、三田主任に代わって、橋本係長が夜間責任者として店舗に入っている。

昨日も今日も、三田主任の名前がシフトに入っていた。

しかし、三田主任に代わって、橋本係長が夜間責任者で店舗に入っている。

つまり、突然、三田主任が休んだ、と云う事だ。


橋本係長は、アックスの入浜店、丸肥店、石木店の三店舗を監督している。

三店舗の夜間責任者のシフトは、橋本係長が作成している。

監督していると云っても、三店舗の夜間責任者が休日の時に、その店舗の夜間責任者として、店舗に入ることになっている。


午前三時。弘の退勤時間になった。

「お先に失礼します」トランシーバーで、退勤時の報告をしたのだが、事務所へ入ると、橋本係長が居たので、退勤時の挨拶をした。

「ああ。お疲れさまです。ちょっと相談なんですけど。時間、良いですか」橋本係長が云った。

弘は、橋本係長と話をしたことがない。


「はい」弘は、応えた。

「三田主任なんですけど。実は」橋本係長が話を始めた。

一昨日、三田主任の午後十時になっても出勤しないと、店長から連絡があった。

携帯に連絡をしても、電源は入っているが、応答はない。

それで、一昨日は、急遽、橋本係長が店舗に入った。

昨日、店長が、自宅を訪れたが、留守だった。


そして、昨夜、三田主任から退職するという連絡があった。

突然、退職と云われても、今月のシフトは既に、作成済みだ。

シフトが調整できるまでの間、出勤を依頼した。

有給休暇を消化してから、退職してはどうかと、相談したそうだ。


そこまで聞いて、弘は、焦れてしまった。

「分かりました。それで、相談と云うのは、何ですか」橋本係長に尋ねた。

「ああ。ごめんなさい。それで」橋本係長は、理解したようだ。やっと本題に入った。


用件は、勤務時間を延長してもらえないと云う事だった。

松浦さんにも相談したそうだ。


現在、弘は、行方不明の相田を探し出す仕事を請け負っている。

一存では決められない。一度、考えさせてくれと云って、その場では、返答しなかった。


「それはそうと、秋山さんは、相田さんを探しているんですか」橋本係長が、意外な事を云った。

「いいえ。どうしてですか」弘は、慌てていたが、かろうじて、否定した。

「松浦さんが、言ってました」橋本係長が云った。


弘は、相田を探している事について、松浦さんに話してはいない。

知っているのは、浅井弁護士と寺井社長、それと景子くらいだ。なんとなく匂わせたのは、有己輝Sの宮崎課長だけだ。

もし、漏れたとしたら、宮崎課長しかいない。


「私は、近藤さんや相田さん。それと三田主任とも一緒に、仕事をしたことがあるんです」当たり前だろう。みんな、石木店が出来る前は、丸肥店に居たのだから。

「それで、相田さんと近藤さんについて、気になる事を聞いた事があるんです」

橋本係長が話し始めた。

もしかすると、橋本係長の相談と云うのは、その事だったのかもしれない。

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