3.タコグラフ

日報の裏面に、何か貼り付けていたが、あれは、タコグラフだ。

弘は、そんな事をしたことが無い。


宮崎課長に連絡して、相田の配送日報を調べてもらっている。


まだタコグラフが、現役で運用されていることに驚いた。

調べれば分かるかもしれない。


配送中に、交通事故を起こしたとか、余程の事が無い限り、タコグラフまで調べる事は、絶対に無い。

営業担当者も配送担当者も、退勤前に各自で、手書きの日報にグラフを貼り付ける規則になっていた。


以前、事故が起こった時に、タコグラフを確認した事がある。

しかし、何日も、用紙を入れ替えていなくて、丸い用紙に何周もの軌跡が刻まれていた。

何度も通達を出して、徹底しようとしたが、上手くいかなかった。


そこで、退勤前にグラフを回収して、新しいグラフをセットする担当者を決めた。

しかし、担当者は、早く帰って来ても、まだ帰社していない営業や配送担当者が居る。

結局、うやむやになった。

今でも、タコグラフの運用されている。


当日、相田が使用していた配送車のタコグラフを宮崎課長に、確認してもらった。

相田は、真面目だ。

弘と違って、きっちり、保管していた。

青木調剤薬局への納品は、鎮痛剤一品目だけ。しかも五百錠包装が、一個だけだ。

どんなに、時間が掛かったとしても五分だろう。


配送車を駐車場に停め、次にグラフに軌跡が刻まれるまで、ちょうど四十分。

寄り道した形跡はなかった。


弘は、青木調剤薬局周辺から、石木バイパス調剤薬局まで、チラシ配りを始めた。

なにか気付くことがあると、期待していた。


川を挟んで、東は田圃ばかりで、住宅はさほど多くない。

住宅間の距離は遠く、チラシは一向に減らない。


西側は古い町並みになっている。

路地裏の古い住宅街を回ると、一気にチラシが無くなった。

ポーチから、新しいチラシの束を出して、封を切った。


オートバイが近づいて来た。

弘は、溝を跨いで脇へ寄った。バイクを避けてやり過ごしていた。

追い越して行く瞬間、腰を蹴られた。


弘は、前のめりに、溝端の塀へ寄り掛かるように倒れた。

バイクは、そのまま直進した。

Uターン。


正面から、弘に向かって来る。

今度は、前からすれ違いざまに、腹を蹴られた。

通り過ぎて、また、引き返してくる。

狙われている。


弘は、咄嗟に走った。

広い道を目指して、人通りの多い道へ向かって走った。

角の市営団地を抜けると、その向こうが県道になっている。


追いかけて来る。

力一杯走る。

弘は足に自信がる。


だが、バイクに敵う訳が無い。

正面にフェンス。

止まれない。

追い付かれた。


フェンスにぶち当たる。

動けない。

振り向くと、バイクが突っ込んで来る。叫ぼうにも声が出ない。

一瞬飛退く。

前輪がフェンスに激突。

バイクを回す。


その時。

「こらあ!」

野太い怒鳴り声が聞けた。

龍治だ。


山下龍治。

龍治は、太っている割に、走るのが早い。柔道で鍛えている。

今でも警察の道場に通っている。


フルフェイスヘルメットのシールドが龍治の方を向いた。

バイクは古い町並みに方向を変えて走り去った。

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