2.噂話

近藤が喫煙室で煙草を喫っている。

「おはようございます」挨拶して、弘は喫煙室へ入った。


「ああ。おはよう」

近藤が挨拶を返した。

「近藤さん。石木バイパス調剤薬局の、薬剤師さんをご存知ですか」弘は、丁寧に尋ねた。松浦さんが、相田から聞いていた。

薬剤師の尾崎さんと近藤が、付き合っていたということを聞いていた。


「ええっ。誰が?」

近藤は、慌てたように聞き返した。

話題にしたくないようだ。


「昔、丸肥店内のドラッグに居た尾崎さん」弘は、笑顔で云った。

六年前、薬剤師の尾崎さんは、アックス丸肥店で、テナントのドラッグ店に、勤務していた。


「誰が、そんな噂を流したんか知らんけど。儂と違うで」

近藤が、慌てて否定した。

確かに、ずっと丸肥店で、夜勤していた。

今もそうだ。


近藤は、そんな噂が立った経緯を迷惑そうに話した。

当時、アックス丸肥店では、午前一時から午前五時までのアルバイトだった。


丸肥店のテナントのドラッグ店は、午前九時に開店して、午後九時に閉店する。

だから、近藤は、尾崎さんと勤務時間が、重なる事はない。


アックス石木店が開店した。

開店と同時に、三田主任は、夜間責任者として、配属された。


相田は、アックス丸肥店で夜勤をしていた。

近くだったので、異動したいと、丸肥店の店長に願い出て、石木店へ移った。

松浦さんによると、相田は、極めて真面目に作業する。

レジ応援のチャイムが鳴ると、真っ先にレジに入る。

入荷した商品のカーゴテナーも確実に品出しを終える。


近藤は、丸肥店の店長から、石木店への異動を打診された。

店長の説明では、三田主任も夜勤は初めてだし、経験者が居れば助かると云う事だった。


経験者として、相田が居るし、丸肥店の店長の云う事に、弘には、違和感があった。

何か、魂胆があるように感じた。


そこで、勤務時間の延長を条件に、石木店へ異動した。

勤務日数は、週五日、時間は、午前零時から午前八時までの八時間で、休憩時間は一時間だ。

賃金も倍近くになると思っていたが、社会保険料を差し引かれると、意外に少なかったようだ。

それでも、賃金が増えたので、それはそれで、納得していた。


三田主任は、相田を誘って、休憩によく入った。

相田の休憩時間は、十分間だから、それを超えると、主任が注意することになる。

しかし、三田主任は、相田を何度も休憩に誘っていた。

それを近藤が目撃していた。


近藤は、相田に、三田主任と何を話しているのか尋ねた。

三田主任は、相田に近藤のことについて愚痴を溢していたそうだ。


近藤は、弘に弁解するように話した。

丸肥店に勤務していた時、近藤は、きちんと来店客に笑顔で挨拶していた。

しかし、投書カードに「夜中の近藤という人の笑顔が怖い」とクレームがあったそうだ。

それ以来、近藤は、不愛想になったと云う事だ。


丸肥店の店長は、近藤を嫌っていたのだろう。

新店で、引き受けてくれと頼まれたそうだ。

そんな事を三田主任と話していたと、相田は云ったそうだ。

弘は、何と答えたら良いのか、分からなかった。

それに、相田も、いくら本当の事だとしても、本人を目の前にして、云ったのだろうか。


その頃、片丘クリニックや、石木バイパス調剤薬局で、片丘クリニックの院長と尾崎さんが不倫をしているという噂が広まっていた。

理由は、分からない。

アックスの店員の間でも、聞いた事があるようだ。

尾崎さんは、以前、丸肥店のドラック店に勤務していた。

綺麗な人だったので、店員も皆、知っていた。


松浦さんが、アックス石木店で、アルバイトを始めた。

相田が、松浦さんに、近藤と尾崎さんと付き合っていたと云う事を話したそうだ。

松浦さんは、以前、尾崎さんと同じマンションに住んでいて、尾崎さんとは、親しかった事を相田に話した。


「夜勤で、不倫をしている人がいる」と云う投書カードがあったのが、その頃だ。

そして、片丘院長と尾崎さんの不倫の噂は、ピタッと聞かなくなった。

相田が三田主任にその事を話したのかどうかは、分からない。


夜中に働いていると、昼間に睡眠を摂ることになる。

弘にしても、友人は、昼間働いているので、疎遠になってしまうのは、仕方がない。

それが習慣になると、どうしても、話し相手は、同僚ということになってしまう。

噂話が盛んなのは、そんな事からかもしれない。


尾崎さんが亡くなった時、近藤は、三田主任に話した。

何故、自殺したのだろうかと、云っても三田主任は口元を歪めて、笑うだけだった。

以来、その話をしない事にしているそうだ。


午前三時を過ぎた。退勤時間だ。

休憩室へ行くと、松浦さんが居た。

「あっ。秋山さん。宮崎課長が、怒っていましたよ」

松浦さんが、思い出したように云った。


弘が配送日報に、タコグラフを添付していないということだった。

松浦さんは、タコグラフの添付をしていなかったので、宮崎課長に注意されたようだ。

あっ。そうだ。タコグラフだ。

そう云えば、相田の日報は、弘の日報に比べて嵩張っていた。


松浦さんは、以前、二十四時間営業のアックス丸肥店で、よく買物をしていた。

まだ、アックスの店舗は多くなかったが、コンビニより品数は多かった。

そして、なにより低価格で、割引商品を見付けるのが楽しかった。

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