8.投書カード

習慣で、喫煙室へ入ったが、誰も居なかった。

出勤した時には、休みだと覚えていたが、休憩に入る時には忘れていた。


今日は、近藤が休みだ。

弘は、煙草を一本喫って、そのまま売場へ出て行った。

後、三時間で、品出しが終わりそうにない。


入荷した食品商品のカーゴテナーが十二台ある。

標準品出し基準では、カーゴテナー、一台の品出しに、三十分となっている。

基準を達成するためには、三時間で、カーゴテナー六台。

品出しを完了しなければならない。

最低でも六台。

頑張ります。


のんびり煙草を喫っている場合では無い。

今日は、近藤が居ない。


近藤が居る時は、早く品出しが終る。

近藤の作業は、雑だけど、品出しは早い。

重宝がられているのは、そのためだろう。

本当は、商品の陳列棚ががら空きなのに、バックヤードに戻して、在庫にしてしまう事が多い。

こういった、近藤の怠慢な作業は、日勤者に負担が掛かる。

三田主任も、それを知ってはいるが、夜間要員の少ない時は、やむを得ないのだろう。


「秋山君」三田主任が呼んだ。

台車に、商品の箱を山盛りに積んで、食品のレーンへやって来た。

三田主任が、食品の品出しを手伝っている。


「今日。かなり多いな」三田主任は、怒ってはいない。

知っているのだ。

近藤が居ないときは、品出しが終らない。

これは、弘に限らず、他のアルバイトでも同様だ。


しかし、そうなると、早朝出勤のアルバイトに負担が掛かるからだ。

早朝は、レジが結構忙しくなる。

夜勤のやり残した品出しまで作業するとなれば、夜勤責任者が、突き上げられる。


三田主任の作業は、丁寧で速いと評判だった。

丁寧なのかどうかは、別にして、確かに速かった。


あっという間に、飲料のカーゴテナー四台だけになった。

飲料のレーンに補充を始めると、そろそろ退勤時間になった。


「延長しましょうか」弘は、三田主任に云った。

品出しが終わるまで、残業してもよいのかを確認した。

三田主任は、午前三時に入荷するデイリーの品出し作業の準備が残っている。

午前三時までに、デイリーの在庫を先に補充することになっている。

その作業を後回しにして、食品の品出しを手伝っている。


弘は、有己輝Sのバイトを辞めたので、時間に余裕ができた。

「そしたら、お願いするわ」

三田主任が、弘の残業を了承した。


ここでも、勝手に残業することは出来ない。

必ず、責任者の了承が必要だ。


トランシーバーから、「松浦です。上がります」と声が聞こえた。

「はい。お疲れさまでした」三田主任が松浦さんに応えて「ちょっと休憩入ろうか」弘を誘って休憩に入った。


まだ、午前三時過ぎだが、生鮮部門の担当者が、何人か出勤している。

休憩室では、何人かが、弁当を食べたり、スマホを弄ったりしている。

松浦さんも、弁当を食べていた。


「どしたん。延長なん?」松浦さんが弘に尋ねた。

「そうや。品出しが終らんのや」弘が答えると、三田主任が喫煙室に入った。

「けど。ああ。そうやなあ。今日、近藤さん、居らんかったなあ」

そう云うと、松浦さんは、弘が延長する理由が分かったようだ。


「それはそうと」話好きの松浦さんが、近藤の事を話し始めた。

近藤は、品出しは速いから、店内の受けは良いけど、来店客の評判が良くない。

不愛想だとか、煙草臭いと云う投書カードが多いそうだ。


バックヤードの出入口のすぐ横に、各部門の掲示板があって、そこに来店客の投書カードが、張り出されている。

ある時、「近藤」と名指しは、されていなかったが、夜勤の男の人で、不倫をしている。

と云う投書カードが張り出されていた。


夜勤で、結婚しているとすると、相田か三田主任しか居なかった。

三田主任も相田も、来店客に対しての対応について評判が良いそうだ。


それに引き換え、近藤の評判は良くない。

投書した人は、近藤が、独身だと知らなかった。と云う店内の結論になったそうだ。


それは、三田主任が、相田と近藤に聞き取りしたそうだ。

その時、相田は、近藤と尾崎さんが、付き合っていたという事を聞いたと、松浦さんに話したそうだ。

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