3.データ管理

弘が担当している地区の配送日報には、相田の配送日報が綴られている。

じっと見ていると、「早よう帰らんと、かあちゃんに叱られるぞ」宮崎課長が云った。


「ちょっと。これ見て。なんか変やないか?」弘は、余裕がなかった。

宮崎課長の冗談に付き合わなかった。


相田が、失踪する二日前の日報に、ちょっとした空白の時間がある。

どう考えても変だ。


その日、欠勤者はいない。配送の順番に変更はない。

普段、休憩を取っていると思われる時間も確認できる。

だけど、弘が、サボっていたと疑われた得意先で、三十分近く空白の時間がある。

石木バイパス調剤薬局の配達の後だ。


伝票を確認したが、伝票行数六件の、しかも輸液などの大きなものは無い。

その日、最終の配送データ送信は午後五時十五分で退勤時間を過ぎている。

宮崎課長は暫く見ていたが、「ほんまやのお」と云って、何か考えていた。

つまり、何か事案が発生しない限り、配送日報は誰も確認することは無い。


「おーい。ヨッさぁん」

宮崎課長が、手招きをしながら吉田係長を呼んだ。


「あれぇ。この日、やったんかのう?」

走り寄って来た吉田係長に、宮崎課長が何か確かめた。

「なにが?」吉田係長は、相田の日報ファイルを見て「ああ、ちょっと見せて」すぐに、何を尋ねているのか分かったように、ファイルを受け取って見ている。


「いや、違うわ」吉田係長は、日報を繰って「この日や」と答えた。

「どうしたんな?なんかあったんか?」弘は手掛かりになると直感した。

「その日は、知らんかったんやけど」

吉田係長は、相田が行方不明になる一週間前の日報を開いて喋りだした。


その日のことを相田から直接、聞いたそうだ。

翌週、相田が出勤すると、吉田係長は石木バイパス調剤薬局の尾崎さんのことを尋ねた。

「先週、配達した時に尾崎さんが居たか」

相田は、尾崎さんを知らない様子だった。


「尾崎さんって誰ですか?」

不思議そうに、今度は相田が、吉田係長に尋ねた。

「えっ?知らんのか?」

吉田係長は、石木バイパス調剤薬局の薬剤師で、先週末に自殺したと説明した。


いつも薬品を渡して納品受領書に判を貰っていたのが、尾崎さんだった。

相田は、その尾崎さんを知らかった。


突然、思い出したように、相田が話を始めたそうだ。

片丘クリニックの駐車場に車を停めて、片丘クリニックと石木バイパス調剤薬局へ薬品を届けた。


駐車場へ戻って、配送車に乗り込もうとした時、ふと視界に動くものを感じた。

咄嗟に目線を上に移動した。

マンションが見えた。


マンションの上層階のベランダから、下を覗き込む人が見えた。

一瞬、目が合った。

あの人か、と思った時、相田と目が合った、ベランダに居た人が消えた。


立花マンションの東側に、路地を一本隔てて四軒の住宅がある。

その住宅の南側にも二軒の住宅が建っている。

その住宅街の東側の一画に、片丘クリニックがある。

片丘クリニックの東隣の角地が、石木バイパス調剤薬局になっている。


片丘クリニックの患者さんは、処方箋を受け取ると、隣の石木バイパス調剤薬局へ持参して、薬を受け取って帰ることになる。


相田は、そのまま配送車へ乗り込むと、そのまま東の土手の道を北へ向かい、幹線道路を通って、次の得意先へ向かった。


しかし、そう云えばと話しだしたのが、ベランダに居た人の事だった。

時間的にも一致する。

ベランダから下を覗き込んでいた人が、尾崎さんだと思ったそうだ。


新聞記事によると、尾崎佳子さん(三十四)が、七月四日、午後三時三十分頃、自宅マンション近くの路上で倒れているのを通り掛かった人に発見され、病院へ搬送されたが、既に死亡していた。

死因は全身打撲によるショック死だった。


倒れていたのは、石木町三丁目の立花マンション東側の路上で、尾崎さんの自宅ベランダは、その道路に面している。


同時刻に「人が飛び降りた」との一一九番通報があり、南警察署は、自殺と事件の両面から捜査している。

尾崎さんの自宅は、勤務先のすぐ近く、立花マンションの六階だった。


配送日報では、石木バイパス調剤薬局の次に向かう得意先が広瀬病院になっている。

システムの仕組みとして、データを送信した時間なのかサーバーが受信した時間なのかは分からない。


広瀬病院へ向かう前のデータは、十五時二十二分になっている。

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