2.情報
弘は、喫煙室で煙草を喫っていた。
近藤はすぐにやって来た。
勤務に入る前に喫煙室へ必ず来る。
「近藤さんは、いつからですか?」近藤が、「午前零時から」と答え始めたので、「いや、この店です」云い直した。
「オープンからやから、四年やなあ」
以前も尋ねたのだが、覚えていないのか、自慢そうに近藤が答えた。
「四年。ずっと夜勤ですか?」夜間担当者として採用されているのだから当然だ。
「そうや」近藤は、得意そうに云った。
何が嬉しいのか、機嫌が良い。
「奥さん。文句言わんのですか?」これも以前に尋ねたが、以前は答えなかった。
「いや。儂は独りや」近藤が、独身だという事は知っている。
他のバイト仲間から聞いて知っていた。
「ああ。そうですか。やっぱり、夜勤というと、独りの人の方が多いんですか?」業界通だと云って煽てれば、いくらでも喋りそうだった。
「そうやわのお。昼間の人は、あれやけど、夜勤はなあ」
始まった。意味の無い「あれやけど」が出た。
「やっぱり結婚してる人は、続かんのですか?」夜間勤務で結婚していたのは、相田だけだったと、バイト仲間から聞いている。
「いや、そうでもないんやけどな。ちょっと前まで来とったんも結婚しとったけど、そいつも四年、来とったで」
近藤が云っているのは、相田の事だ。乗って来た。
「もう辞めたんですか?」弘は、ここぞ、と思い突っ込んで尋ねた。
「そうや。今月の初めくらいに辞めたんやけどなあ」近藤は釣られたようだ。
誘導に成功した。
「なんかあったんですか?」バイト仲間は、近藤が知っているらしいと云っていた。
「それがなあ。店の商品、万引きしたらしいんや」
近藤さんは、声を潜めることもなく喋り出した。
「えっ?万引きですか?」弘は、思いもしなかった。
「そうや。どうもそうらしい。それで主任が相田に話をして、辞めさせたらしいわ」
そう云った近藤自身も、半信半疑の様子だ。
なんとなく、気まずい雰囲気になった。
「ところで、アックスって、どういう意味ですか」話題を変えようと思った。
弘は、近藤に店舗の名前の意味を尋ねた。
「社長の名前が小野って言うんや」
近藤が、にこっと、笑いながら云った。
相田の奥さん、つまりオトハちゃんママは、相田が失踪したその夜、アックスに、相田は体調不良だから休むと、連絡している。
夜勤の従業員で、三田主任から相田の退職理由を聞いているのは、近藤だけだろう。
他の従業員は、体調を崩して、夜勤が務まらないと聞いていた。
それでは、昼間勤務している従業員は、聞いているのか。
オトハちゃんママは、今も昼間、パート勤務している。
いくらなんでも、そんな噂があれば、パート勤務している訳がない。
いくら人手不足の業界だからといっても、考えられない。
三田主任は、嘘を云う理由があるのか。
何故、近藤だけが、万引きして辞めさせられた、と聞いていたのだろう。
三田主任は、何か、隠しているのか。
それとも、近藤が、嘘を云っているのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます