1.場面緘黙症

「お母さんは、何かでお調べになったのではありませんか」

榎本先生が、景子に尋ねた。


榎本先生はメンタルクリニックのお医者さんだ。

保育園の山本先生の紹介で、千景はこのメンタルクリニックを受診することになった。

「はい。ほとんど、そのまま当て嵌まる内容のものが、ありました」景子は答えた。


「そんなん、あるんか?」弘が驚いて聞いた。

「場面緘黙症」景子は千景の状態をインターネットで検索した。

ある環境で、主に保育園、幼稚園、学校や職場などの特定の場所で、本人の意思と関係なく、喋ることができなくなる。


家庭では、全くそんな状態を見ることが無いので、信じられない。

例えば、保育園の友達と一緒に、公園で遊んでいる時は、友達と喋っている。

例えば、友達の家へ遊びに行った時も、友達と喋っている。

生まれつきなのか、環境によるものなのか、それも分からない。


保育園の山本先生には、虐待を疑われた。

遠まわしではなく、ストレートに尋ねられて、かえって、さっぱりした。

さっそく、メンタルクリニックを探して、診察を受けたのだ。


「場面緘黙症」は、昔から存在していたのかも分からない。

学校では、ただ単におとなしいと思われていただけかもしれない。


先生方は、忙しくて、どうしても、悪戯をしたり、乱暴だったりする児童に手を焼いて、おとなしい児童には、目が届かなかっただけかもしれない。

そういう性格だと思われて、見落とされていただけなのかもしれない。


しかし、もちろん治療方法がある訳ではない。

それも、その子の個性だと思って、ごく普通に慣れるしかないのか。

「千景ちゃんに描いてもろうた絵から解るんやけど、社会性の発達が少し遅いように思うけど、それも、そなん気ぃすることでもないしなあ」

榎本先生の見解だった。


社会性の発達が、少し遅いからといっても個人差がある。

だから、治療を必要とする訳でもないという事だ。

結局、インターネットで調べても、お医者さんで診察を受けても、何も解決しない。

だからと云って、何もしないという事は、景子としては納得できない。


「それじゃあ、その社会性の発達を促すという事だけでも、何か方法が無いですか?」

景子はどうしても、じっとしていることがでずに尋ねた。

「そしたら、療育センターを紹介された」景子は連れて行こうとしている。


気になることがある。

保育園の山本先生が云ったことだが、保育園で、喋らないのは勿論、伝えておかなければならない事だが、もう一つ。


時々、放心状態になっている時があると云う。

保育園で、喋らないけど、先生の云っている事は、理解している。

ちゃんと、先生の云った通り、遊んだ後の椅子を片付けたり、給食の用意もする。

しかし、放心状態になると、何も聞いていないし、見てもいないようだ。


景子も、その放心状態になった千景をみたことがある。

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