8.シフト
弘は、午前零時半くらいに喫煙室へ入る。
近藤が、煙草に火を点けて、ぼんやりカップコーヒーを飲んでいた。
「近藤さん、ここ長いんですか?」弘は、ちょっと、取っ付き難い近藤が、苦手だった。
近藤はパート勤務で、午前一時から午八時まで勤務している。
真面目で、口数も少なく、黙々と作業をする人だ。
近藤は、オープンの時から四年間、すっと夜勤をしている。
その時、喫煙室のドアが開いた。
「お疲れさまです」
挨拶とともに、三田主任が喫煙室に入って来た。
近藤との会話が途切れてしまった。
「主任は、ここ長いんですか?」弘が尋ねた。
「おお、ここも、もう四年になるわ」
やはり、得意そうに云う。何を自慢したいのか分からない。
三田主任が経歴を云い始めた。
四年前、オープンの時、この店舗へ夜勤として異動した。
それまでは丸肥店で四年間、日勤だった。
「それやったら、夜勤になって大変やないすか?」弘は、仰々しく、心配そうに云った。
「そうやなあ。儂は、別に、どうでも良えんやけど、嫁さんが、煩いわなあぁ。もう、ほんまに、喧嘩ばっかりやからなあ」
弘は、共感するように頷いた。
「奥さん、怖いんですか?」気の毒そうに聞いた。
「怖い、ちゅうより、うるさい。厄介。煩わしい。面倒。毎月、金が足らん、ちゅうんや。そらあ給料、安いしなあ。しゃあないわなぁ」
三田主任は情けなさそうだった。
「もう時間やから。行きます」
近藤はコーヒーを飲み干すと、喫煙室から出て行った。
「あっ。近藤さん」
三田主任が、慌てて、煙草の火を消して、近藤を追い掛けた。
「話ができるんは、その男の人、二人だけなん?」景子が聞いた。
弘と勤務時間帯が重なるアルバイトは、四名いる。
弘と同年代の女性二名、女子大生一名と男子大学生一名だ。
同年代の、四十代前後の女性とは、よく世間話をする。
ただ、煙草を喫わないので、休憩室で話をすることになる。
弘の休憩時間は、午前零時半から十分間だ。
トイレに行くことは出来るが、休憩に入る事は出来ない。
貴重な休憩時間だ。
だから、一生懸命、情報収集をしようとしているが、ほとんど休憩時間が、他の人と重複しない。
休憩時間が、重複しないように、シフトが組まれている。
そこで、勤務時間を終えてから、情報収集することにした。
午前三時までの女性が、ひとりいる。
その女性は、勤務が終わって、食堂で弁当を食べて、午前五時から次のバイト先へ行く。
弘は、勤務を終わって、煙草を喫って、ゆっくり、食堂でその女性と話した。
色々な情報を知っていた。
ただ、その全部が、近藤からの情報だということだ。
なるほど、近藤は、お喋りなんだ。
「ヒロム君。仕事、キツイん?」景子が心配そうに云った。
「そやなあ。身体はそうでもないけど、売場の場所が分からんし、時間が掛かるんや。それがイライラするわなあ」弘は正直に答えた。
「気にせんと、ゆっくり出したら良えんと違うん?」
景子が、なんだか優しい。
「そう言うけど、そうはいかんのや。主任が時間を計っとるんや」さも憎らしそうに、弘は答えた。
午後十時、アックスへ出勤して作業、といっても商品を売場の棚に出すだけだ。
段ボール箱の柄と、商品の実物が、頭の中で結びついていない。
箱を開けてから定位置の棚を探しながら、運ぶことになる。
棚を見付けて。商品が少なければ、そのまま並べればいい。
棚に品出しできないか、二、三本しか棚に出せないときは、そのままバックヤード戻して、在庫になる。
今日も、かなり時間が掛かった。
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