1.七夕

弘は、景子の話をずっと聞き流していた。

「えっ。たこ焼き?たこ焼きって、なんや?」弘は、聞き返した。

聞き返してから、言葉の断片を繋ぎ合わせると、七夕の日に、たこ焼きパーティをするということだと気付いた。


七夕と、たこ焼きという二つの単語に、関連を想像できなかった。

それで、思わず聞き返してしまった。


「だから、たこ焼きよ、たこ焼き。お父さん。話、聞いとらんかったん?七夕の日に、たこ焼き、焼くんよ。私んとこは、みんなが短冊に書いたプレゼントを準備するのよ」景子は、弘の事を「お父さん」と呼んでいる。


景子は、弘が聞いていなかったことに気付かなかったのか、七夕の日に、ママ友が集まって、七夕のイベントをする事について説明を続けた。

「えっ。皆、短冊に欲しいもん、書くんか?」弘は、また驚いて口走ってしまった。

七夕ってそういうものだったのか?いや違う。

何故、短冊に、欲しいプレゼントを書く事になったのか。

分からない。


「やったぁ。プレゼント。おもちゃ。おもちゃ。うさぎさんがいい」

千景は、プレゼントと云う言葉に反応して喜んでいる。

「もちろん、全部、後で清算するのよ」

景子は、弘が、出費のかさむことを気にしているのを知っている。

はぐらかすように、明るく説明している。


でも、後で精算するにしても、相応の出費はある。

「ミカちゃんママは、そーめんの担当になってるし」

景子は、説明を続ける。

「素麺?」弘が聞き返すと「そう。素麺」間髪入れず景子が答えた。


「そーめん。そーめん、そう、そーめん」何が嬉しいのか、千景が喜んでいる。

「何で、素麺?」七夕と素麺の繋がりが良く分からない。

「さあ、よく分からないんやけど。天の川に似てるんやないかなあ」

景子が、適当な事を云っている。


「あっ。そうか」弘は、何となく納得した。

出鱈目のような景子の言葉だったが、湯がいた素麺を思い浮かべた。

「それも後で、清算するんかな?」弘は、つい、口走ってしまった。


「そーめん、そうめん。そう、そーめん」

千景は、何が嬉しいのか燥いでいる。


「それで、アヤノちゃんママから相談されたの」

ここから、景子の、ママ友相関図が、始まる。

分からなくなってきたぞ。


「素麺だけでは、物足りないしって」

誰が、そんな、余計な事を云ったのか。

「それやったら、私は、カレーでいいんじゃないって云ったのよ。子供たちもみんな好きやし」

その通り。カレーにすれば、安上がりだ。


「カレーか」弘は、お愛想で相槌を打った。

特に云うことも無かったのだが、今まで聞き流していた事を誤魔化そうとした。

「やったー。カレー大好き。今日カレーなの」

また千景は、無邪気に喜んでいる。

「今日は、カレーじゃないわよ」

景子は、呆れたように話を続けた。


「それでアヤノちゃんママが、グツグツ煮込んでいたら、何時間も掛かるからって、却下ってことにしたんやけど」

弘は、カレーに、決まって欲しかった。残念。


「それで、オトハちゃんママが、みんなでたこ焼き、焼くのも楽しいんじゃないかな、って云ったの。それで…」

分からなくなった。


「ちょっと待て。おかあさん。乙葉ちゃんママ、って何?」弘は、景子をおかあさんと呼んでいる。

「だから、千景の友達の、おかあさんじゃないの」

弘もそんなことは知っている。


「いや、いや、そうじゃなくて、相談されたのは、美加ちゃんママだろ?」いや、違う。彩乃ちゃんママだったかな。

「違うわ。ミカちゃんママは素麺の係よ。アヤノちゃんママは、野菜を準備して…じゃなかった。オトハちゃんママが、野菜の係ね。あれっ?じゃあ、アヤノちゃんママは、何するのよ?」

そんなこと、弘に聞かれても分からない。

もっと、訳が分からなくなった。


「あれっ?何の話だった?ああ、そうそう。だから、たこ焼きで良いんじゃない、ってことで、たこ焼きに決まったの」

景子の話は、やっと着地したようだ。


「たこ焼きか」弘は、景子の話が、何処へ着陸するのか不安だった。

しかし、弘に、実害は、無さそうだったので、相槌を打って先を促した。


「えー。チカちゃん、カレー食べたいーいッ」千景は、自分のことを「チカちゃん」と云っている。

これは、二人が千景のことをずっと「チカちゃん」と呼んでいたからだ。


「アヤノちゃんママから、キャベツとかは、オトハちゃんママが、野菜は、旦那の実家が、農家だから、もらってくるって云ったんで、頼んだらしいけど、あと、紅ショウガは、どうしようかって、ミカちゃんママが云うの。紅ショウガは、辛いから」

景子が、一気に喋ったので、理解できなかった。


「ちょっと待って。一体、何処へ何人集まるんや?」弘は、まさか、家へ来るのかと、不安になって来た。

「ええっと。アヤノちゃんのお家へ集まるのよ。それで、アヤノちゃん。ミカちゃんでしょ。それから、オトハちゃんとよ」

彩乃ちゃんと美加ちゃんと乙葉ちゃんは千景の保育園の友達だ。


「そうか。彩乃ちゃんのとこ、農家なんか。ええなあ」うっかり、弘が、云ってしまった。

「違うわよ。オトハちゃんママの、旦那の実家よ」

景子が、訂正した。

しかし、それが、正しいかどうか、最早、分からなくなっていた。


「カレー食べたいなー」

千景が無邪気に、主張している。


「分かった。明日、カレーにしよっか」

景子が、楽しそうに、千景に云った。

しかし、話が前に進まない。

「おかあさん。それで?」弘は、脱線した話を元に戻した。

「えーと、なんだったっけ。えー」景子が、思い出したようだ。「紅ショウガ」


「そうそう。だから、こどもが、食べるんやから、止めとこうって言ったの。それで、マヨネーズとかソースとかは、アヤノちゃん家にあるものを使うとか、決まっていたのよね」

また、脱線しそうだ。大丈夫か。


「それで、アヤノちゃんママが、たこ焼きの蛸を準備することに、なっていたのよ」

良かった。やっと、たこ焼きの話に戻った。

「それなのに、アヤノちゃんママが聞いて来たんよ。たこ焼きの具って、何にしたら良えんやろか?って」

弘には、また意味が分からなくなった。


「チカちゃんカレー食べたいなー」

千景は執拗に、今日の夕食に、カレーを主張している。

「どうするのかって、たこ焼きは蛸に、決まっとるやろ」弘は、勇気を持って云った。


「そうよ、だから私も意味が分からなかったの。だから、たこ焼きだから蛸やんか。こないだ、アヤノちゃんママが蛸、用意しとくって、決まったじゃないって云ったの」

景子が、呆れたように、話を続けた。


「そしたら、オトハちゃんママが、アヤノちゃんママに相談したらしいの」

景子が、意外な事を云った。

「オトハちゃんママが、こう言うんだって」景子は、溜息を吐くように「オトハちゃんは、蛸、食べないんだって」


「えっ?乙葉ちゃんママが、たこ焼きにしようって云うたんと違うんか?」弘のママ友相関図は、当たっているのか。

「そうなんや。でも、オトハちゃんは、蛸、食べられないんだって」

どうやら、合っていたらしい。


「だから、蛸じゃない、たこ焼きの具材って何がいいかなぁって」

今度は、彩乃ちゃんママが、千景ちゃんママに相談したようだ。

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