煉瓦病棟の月見草

真島 タカシ

一章 ピカドン

「ねえさん。見て。仙游山の空。左」

妹のサキエが、シゲノに云った。

シゲノは、妹が、気付く前から仙游山の左、北の空を見ていた。


シゲノの家から五岳山が東から北へ連なって見えている。

仙游山の麓に、樹々が明るく緑色に生い茂っている。

茂みの重なり合った木陰さえ、濃い緑が鮮やかに見える。

茂みに沿って、農家が四軒、見えている。

そこからシゲノの家までずっと田圃が見渡せる。


今朝、起きた時は、東の端に桃陵山も、青く山頂が、くっきりと見えていた。

この季節、五岳山の山頂が、五つとも見える朝は、一日中、晴れた良い天気になる。

シゲノとサキエ姉妹は、小川と田圃の僅かな土手にも畑を作っている。


天気の良い日は、畑仕事をしてから朝食にする。

食事は、お継母さんの静が、用意している。

五岳山の東の空は、黒く染まったままだった。

「サキ。防空壕、行こう。お継母さん呼んでくる」シゲノは、妹を怖がらせないように、落ち着いた口調で云った。


防空壕は、防護員さんから、裏山に掘るように云われた。

こんな田圃の真中に、米軍は、爆弾など落としたりしないだろうと思っている。

それでも、防護員さんの云うことを聞いて、防空壕を掘った。


裏山は、竹の根の張った土地で、サキエと二人では、防空壕を掘れるような所ではない。

もちろん、お継母さんの静も居るのだが、女学校を卒業しただけで、何もしたことのない。

お継母さんに、野良仕事は無理だ。


家の東側の切り立った崖に、幅八尺、奥行き三尺程の窪みを作って防空壕にした。

シゲノは、小川を飛び越えて母屋に走った。


「お継母さん。空襲や。早よう逃げんと」

シゲノは、家に走り込んで、お継母さんの静を急き立てて云った。

「どうしたんな。なんぞ、あったんか」

静は、のんびりとシゲノに云った。

シゲノは、静を抱えるように、急き立てて外へ出た。

サキエは、家の前に立っている大きな栴檀の木に、寄りかかっていた。

隠れるように五岳山の空を見ていた。

シゲノは、妹を急かして崖の窪みへ向かった。

崖に掘った窪みから、シゲノは、お継母さんと妹の三人で、黒い北の空を見ていた。


広島に原爆が、投下されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る