窓辺 第18話
ステラは、思い出の一つとして星が好きなシャーロックとは違い、純粋に星そのものが好きな子だった。
シャーロックはステラに色々と質問する。
言葉こそ乱暴だったが、少女はその問いかけにひとつひとつ丁寧に答えた。
「正直意外だったよ。アンタみたいな優等生が寮を抜け出して来て、ましてアタシと友達になるだなんて」
少年の質問攻めが一旦止んだ隙に、少女はしみじみとそう言う。
「だってそうでしょ?ここの奴らは抜け出すなんてこと思いつきもしないし、地面に寝そべるなんて言語道断。そもそも、アタシのしゃべり方すら気に入らないっていうのに、」
ステラはそう言って肩をすくめた。
「そうかな?僕はただ、、ただ、、」
シャーロックは言葉尻になるに連れて歯切れを悪くする。その様子にステラは星から目を離して隣を見た。
「ただ、、恋しいだけだよ」
絞り出した声は細かった。
少女は慌てて空を見上げる。隣の少年の目尻が光っている気がしたからだ。
二人はその後、言葉を交わすことは無かった。光の帯のように降り注ぐ無数の星を黙って見つめる。
少女は起き上がって望遠鏡を時々覗いたりしていたが、少年は微動だにせずただ上を見るだけだ。流星群が終わってしまうと、二人はそれぞれの寮に帰って行った。
この学校らしくない少女に会って数日経った日、シャーロックはまた規則を破って屋上へと向かった。今日は新月だ。明るい月の無い日は星がよく見える。
少年は重たい扉を開けて屋上へと足を踏み入れた。そこには誰もいない静かな空間が広がっている。
シャーロックはベンチに浅く腰掛けると、背もたれに思いっきりもたれかかり、星を眺めた。
無心で空を見上げる。星を見て思い馳せるのは、いつだって彼らのことだった。
この空はあの二人の元へも続いているのだろうか、
今頃、何をやっているのだろう、
元気にしているのか、してると良いな、
どうせまた下らないことをして遊んでいるのだろう。
シャーロックは想像してクスリと笑う。
トントン、
シャーロックの肩を誰かがそっと叩いた。少年は瞳を輝かせ、嬉しそうに勢いよく体を起こして振り返る。
「どうしたの?いつもと叩き方がちが、、」
そこまで言った時、シャーロックはハッと息を飲んで口をつぐんだ。
「何?叩き方?」
そこに立っていたのは黒い髪の少女、ステラだった。ステラは不思議そうな表情で、疑問を口にする。
「いや、なんでも無いよ。寝ぼけてたみたい」
シャーロックは小さく首を振ると、また空を見上げた。
少女は数秒その姿を見つめると、少年の座るベンチに腰掛け、同じように空を見上げた
ステラに会うことは滅多に無かった。同じ日の同じ時間に、屋上へ来るとは限らなかったからだ。
しかし、二人は時たま会う間に随分と友達らしくなっていった。
「じゃあ、君が溝にハマった友達を助けたの?」
「そうだよ、近くに男の子たちもいたけど、みんな頼りないんだもん」
ステラは呆れて言う。シャーロックはそれを聴くと、大口を開けて笑った。
「あはは!カッコ良すぎるよ!男の子たちはどんな顔してたんだろう、ふふ、はは!」
楽しそうに笑う少年の声が暗く静かな屋上に響く。少女はその横顔を見て鼻の頭をカリカリと掻いた。
「そんなに面白い?」
「面白いよ、女の子のこんな話は聞いたことないから」
シャーロックは笑いの余韻を残した声で言う。
「男の子のは聞いたことあるんだ?」
ステラは急に真剣な声でそう言った。二人の間に緊張が走る。少女の問いかけにも少年は黙ったままだ。代わりに少女が話を続けた。
「前から思ってたんだよなぁ、どうしてアンタみたいな筋金入りのお坊ちゃんが屋上に抜け出す悪さを思いついたり、地面に寝転んだり、大口を開けて笑うのかって、」
ステラは言葉を切る。
「それにアンタは時々、アタシの名前を間違えそうになるでしょ?誰と間違えてるの?地元の友達?あ、でも、悪さを教えてくれそうなのは、、、使用人とか?仲良いの?」
少女はシャーロックの顔を覗き込んで聞いた。
「違うよ、僕と歳が同じ頃の使用人なんて居なかったしね」
「じゃあ、使用人では無いけど、同じ歳ぐらいの友達はいるんだ?」
ステラはニマリと笑って聞く。少年は一瞬固まって、ゆるく広角を上げた。
「はは、君には敵わないな。そうだよ、居たよ。僕にはもったいないぐらいの最高な友達が、」
シャーロックは観念したように言う。
「へぇ、そんなに良い奴なの?」
「うん。僕が思いつきもしないようなイタズラを考える天才なんだ」
「はは、面白そう。会ってみたいな」
「きっと君のこと気に入ると思うよ、」
少年は笑って言った後、表情を曇らせる。
「でも、身分が違うからって、」
そう言いながら口をへの字に曲げた。
「親に言われた?」
「うん、」
少女の問いに短く答える。ステラはゆっくりと息を吐き出すと、
「そっか。でも、アンタが良い奴だと思ったんならそれで良いんじゃない?親は心配なんだろうけどさ、アタシたちもいつまでも子供じゃ無いんだ、良いか悪いかぐらい自分で判断しないとね」
そう言うと、シャーロックを見てそっと笑った。
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