窓辺 第14話

 日付けも変わろうという頃、子供とも大人ともつかない青年たちはいつものようにシャーロックの屋敷の近くで別れた。

明日はお泊まり会だ、と言う約束をして。

警備の居ない道を選んで通って自分の部屋へ続くパイプにたどり着いた。スルスルと登って音もなくベランダに移る。

イーサンやロシュほど軽やかにとはいかないが、シャーロックもほとんど音を立てること無く

移動することが出来るようになっていた。

鍵を開けっ放しの窓に手をかけてそっと開ける。

早くベッドに入って眠ったらその分明日が早く来るだろうか。

いや、楽しみすぎて眠れないかもしれない。

自然と上がる口角を誰に隠すでも無く手で覆った。窓をそっと開き、右足を差し出す。

「随分と遅い帰りだな、シャーロック」

誰も居ないはずの部屋に男の低い声が響いた。

シャーロックは弾かれたように顔を上げる。声の主は天蓋付きのベッドに腰掛けていた。

「お父様、、」

シャーロックは呟く。

顔が紙のように白くなっていくのが窓から差し込んでくる月明かりだけの薄暗い中でもよく分かった。

シャーロックは自身の鼓動が早くなり、全身に力が入るのを感じた。

上手く呼吸が出来ない。

「お前がさっき無断で外に出て、川で遊んでいたと聞いた。だが私は信じなかった、お前は誰より優秀で、良い子だからだ。だがどうだ、部屋に来てみればお前は居なかった。

現れたと思ったらベランダだと⁉︎一体外で何をしていたんだ‼︎」

父親は淡々としていた口調とは一転して、詰問する様に声を荒げる。

シャーロックは答えない。

なぜなら父親の声が半分も聞こえていなかったからだ。

なぜバレた?、いつ?、これからどうなる?、明日の約束は?

そんなことが頭に次々と浮かび嵐のごとくシャーロックを襲う。

「誰かと一緒に居たそうだな、一体どこの誰だ?なぜこんなことをした?一緒に居たのは誰だ!答えないかシャーロック!」

質問に答えないどころか、指の先一つ動かさない息子に父親は腹立たしげに近づいた。

「随分と仲良さげだったと聞いたぞ、いつから知り合いなんだ?ん?」

シャーロックは答えない。

それを見た父親は先程とは打って変わり優しい口調になる。

「ああシャーロック、お前が思っているようなことは起きない。お父様はただ挨拶したいだけだ、さぁ名前を教えてくれないか?」

そう言って息子の肩に手を置いた。シャーロックはゆっくりと父親を見上げる。

イーサンがいつか持ってきた錆びついたブリキのおもちゃのように、ぎこちない動きだった。

僕が思っているようなこととは一体どんなことだろうか、

お父様は僕が何を考えていると思っているのだろう。

どちらにせよこんな言い方をするということは、良くないことを考えていると思っているのだろう。

シャーロックには分からなかった。

父親の考えはおろか自分の考えすら。

シャーロックには考えをまとめるための時間も上手く切り抜ける術も何もかも足りていなかったからだ。

「、、、まぁ良い、お前が答えなくても、お前を唆した輩が分かるのも時間の問題だ」

石化したかのように自分を見上げるだけの姿に痺れを切らした父親は、吐き捨てるようにそう言うと扉をバタンといささか乱暴に閉めて出て行ってしまった。

シャーロックは相変わらず窓辺に立ち尽くす。

と、音を立てて閉まったはずの扉が開き父親が顔を覗かせる。

「言い忘れていた。この扉の外には見張りがいる。お前が二度と勝手によからぬ輩と外に行けないようにだ。もちろん、窓が見える位置にも配置してある、間違っても逃げようなどとは考えないように、」

それだけ言うと再び扉に消えた。

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