窓辺 第8話

 イーサンがシャーロックに虫のイタズラを仕掛けてから半年が経とうとしていたある日、

「なぁ、お前、休憩短かない?」

いつものようにベランダの植木の前に腰掛けながら、緑の瞳の少年は言った。

「へ?」

何の前置きも無くいきなり言われたシャーロックは間の抜けた声を出す。

「確かに、短いな」

戸惑うシャーロックをよそに赤毛が同意する。

「この時間と寝る以外ずっと勉強してんねやろ?」

「ずっとでは無いよ、それじゃあご飯食べたり、お風呂入ったりする時間が無いじゃない」

シャーロックがクスクスと笑いながら言う。

「なに笑ぉてんねん、そんなん計算に入れる訳無いやろ。アホかホンマ」

イーサンが呆れたように言う。

「うん、かなりアホだな、勉強してるのにアホなんじゃ意味ないぞ」

ロシュがニヤニヤして言った。

「なんだよ二人して、そりゃあ俺だってもっと遊びたいけど、、、」

シャーロックは拗ねた様に言う。

「ちょい厳しすぎると思うで、」

緑の目をした少年が腕を組み直しながら言った。

「折角スクラップタウン案内しようと思ってるのにな」

珍しくロシュも困り顔だ。

「スクラップタウンを⁉︎行ってみたい!」

シャーロックが身を乗り出して繰り返す。イーサンは横目でそれを見た。

「夜は何時に寝とるん?」

「八時には寝てるよ」

「八時⁉︎早すぎやろ!」

驚いて声を上げる。その声にシャーロックは目を見開くと、人差し指を立ててシーッと慌てたように囁いた。誰か来ていやしないかと、そっと中を伺う。幸い、気付かれなかったようだ。

「でもそんなに早いなら、夜行けばいいな」

小声で謝る友人をよそに、赤毛の少年は淡々と言った。





 それからの時間は長い様であっという間だった。シャーロックは二人からパイプの登り方、降り方を学び、スクラップタウンの常識をより具体的に学んだ。

シャーロックは非常に優秀な生徒だった。知識はよく吸収し、運動神経も悪く無かったので、二人の思っていたよりもずっと早く授業は終わった。

今日はいよいよスクラップタウンへ行く日だ。

シャーロックは昨日から楽しみ過ぎてよく眠れなかった。にも関わらず、朝は随分と早く目が覚めてしまう。

こんなに何かを楽しみに思ったことは生まれて初めてのことだった。

 目が痛くなるほど青く鮮やかだった空は、太陽の傾きでどんどんその色を変えて行く。

西に向かうにつれ真っ赤に燃え上がり、空を焼く太陽は、その丸い頬を地平線へと溶けさせた。青かった空を真っ黒に焼き上げた太陽が去った後、雲ひとつない空に星が輝き出す。

コンコン

誰かが窓を叩く。

常とは違う叩き方に違和感を覚えながら、シャーロックは天蓋付きの大きなベッドから飛び起きた。そして音を立てない様にそっと足を下ろす。

きめ細かく織り込まれた上等な絨毯はそんなことをせずともシャーロックの足音を消した。

少年は窓辺に立ち、高鳴る鼓動を聞きながらことさらゆっくりと窓を開ける。

「シャーロック」

月明かりに照らされ、キラリと光る赤い毛を夜風になびかせながらロシュはヒソヒソ声で言った。

「こんばんは、、?」

シャーロックは二人に声をかけようとして、一人しか居ないことに気が付く。窓をそっと閉めてからシャーロックはロシュを見た。

その目は何故イーサンが居ないのか、という問いをありありと写していた。

「父親に捕まった」

赤毛の少年は答える。

「イーサンが父親と仲悪いのは前話しただろ?来るのがあんまり遅いから見に行ったら説教されてた」

「そっか、だから叩き方が違ったんだね。じゃあ今日はイーサン来られないね」

シャーロックは残念そうに言った。

ロシュは薄暗い月明かりに照らされた、以前女の子と間違えた可愛らしい顔の友人を見る。

「大丈夫だ、アイツも楽しみにしてたから早めに終わらせて抜け出して来る」

膝に手を置いて立ち上がる動作をしながら赤毛の少年はシャーロックを慰めた。



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