窓辺 第6話

 コン、コココン。

規則正しい音が窓の方から聞こえる。

シャーロックは嬉しそうに顔を上げると、小走りで窓に近づき、開けた。

ベランダにはあの日のようにイーサンが座って待っていた。

規則正しいノックは二人で決めた合図だ。

正直、ベランダに現れるのなんてイーサンぐらいしか居ないので、合図など無くともただ窓を叩けば、来たことは十分に分かるのだが二人だけの秘密の合図である、ということがシャーロックにとって何より重要だった。

何だか悪い事をしているようで、ワクワクするのだ。

イーサンはほとんど毎日のようにシャーロックの部屋のベランダに現れた。

手にはいつも何かしらのお土産を持参して。

そのお土産は壊れかけのオモチャだったり、読んだことの無い擦り切れた絵本だったり、虫の抜け殻だったり、綺麗な小石だったりした。

いつも見た事の無い不思議なものを持って知らない世界の話をするイーサンは、どこへ行くにも使用人が一緒で自由の無いシャーロックにとって憧れの存在となる。

二人が共に遊べる時間はシャーロックの昼休憩の一時間という非常に短いものだったが、二人はどんどん距離を縮めていった。

「今日は結構早いやん、昼飯ちゃんと食ったん?」

イーサンが言う。

「食べたよ、待たせるのは悪いと思って、」

シャーロックはベランダに出てカーテンと窓を閉めながら言う。

「そんな事言って、ホンマは俺に早く会いたかったんちゃうん?」

緑の瞳の少年はからかうように言った。

「それもあるね、イーサンと過ごす時間が俺の一番好きなことだから、」

シャーロックは恥ずかしげも無く言ってのけた。

「っ、何やねん、面白みの無い奴やなぁ、」

イーサンは肩をすくめる。

シャーロックはイーサンと過ごすうちに沢山の初めてを経験した。

初めて人と砕けた口調で話した。

初めて人を呼び捨てにした。

初めて人をからかった。

初めて大笑いした。

初めて、友だちが出来た。

そんな自分を大切にするかの様に、シャーロックはイーサンの前でだけ一人称を“俺”にしていた。

「今日はな、今まで持って来た中でも一番おもろいもん持って来てん」

イーサンは気を取り直して言う。

「一番?」

バルコニーの主は興味深そうに首を傾げた。

イーサンがする話は勿論のこと、彼が持って来る物はどれもシャーロックにとって珍しく、

面白いものばかりだったのだ。

「うん、俺もこれ以上おもろいもんまだ見つけてへんねん、たぶん一生無理やな」

イーサンが自信満々で言った。

「へぇ、」

シャーロックは目を輝かせる。自分の知らない世界に生きる彼がこれ以上面白い物は無いと言うのだ、期待で胸が熱くなるのも仕方がない事だろう。

「ええで!」

イーサンが勢いよく言うとベランダの向こうから何かが飛び出す。それはイーサンの横に華麗に着地した。

現れたのはイーサンと同じ歳ぐらいの赤毛の少年だった。

「早く呼べ」

少年は言葉に棘を含ませて言う。少年は薄汚れた格好をしており、頬にも泥が付いていた。

「すまんって、」

イーサンは悪びれることなく言う。

「、、、」

シャーロックは目を点にして二人を見ていた。赤毛の少年の格好にしてもそうだが、何よりその見たことも無い髪色に驚いて、パチパチと瞬きする。

「シャーロック!俺が一番おもろいと思ってるもん、というか、思ってる奴!」

イーサンは嬉々として言った。

「ロシュ」

赤毛の少年は呟く。

「あ、、えっと、シャーロック、です。よろしく」

シャーロックは戸惑いながら言った。

「何でそんな混乱しとるん?」

緑の瞳がシャーロックの顔を覗き込む。

「いや、だって、ここ二階だよ?登って来るのはイーサンみたいにパイプを伝って来れば良いかもしれないけど、下からこんなに早く来られるわけ無いじゃないか」

シャーロックは自身の困惑を説明した。言葉にするともっと不思議で、首を捻る。

「あ、もしかして浮力のあるラピスを使ったの?いや、でも、人間が持ち上がる程のラピスって相当大きいよね、、それに、制御出来るのかな?」

そう言って今度は反対に首を傾げた。

「そない高級そうなもん俺らが持ってる訳ないやん。そない難しい話やないで、単にベランダの端に捕まっててん」

イーサンが指をさす。

「そっちの方がよっぽど難しいでしょ!それに捕まる様な大した窪みは無いはずだよ」

ブラウンの髪の少年は騙されないぞという風に言った。

「まぁな、俺やったら無理やけど、ロシュは簡単に出来んねん。メッチャ運動神経ええから!」

緑の瞳の少年は赤毛の背中をバンバン叩きながら軽い調子で言う。

「簡単では無い。驚かせたいからって無茶なことさせるな、肉食わす約束忘れんなよ」

ロシュは顔をしかめながら淡々と言った。

「分かっとるって、でも驚いた顔はおもろかったやろ?」

緑の目をした少年は未だ呆けた表情のシャーロックを指さす。

「、、、ふ、まぁ」

少しの沈黙の後、赤毛の少年は思い出した様に笑った。

「ひどいなぁ、俺をおちょくるのそんなに楽しい?」

シャーロックは唇を尖らせて、少し拗ねたように言った。

「?、、俺?」

ロシュが首を傾げる。

「貴族の女は自分のこと俺って言うのか?」

ロシュがシャーロックに尋ねる。

「?、いや、私って言うかな、」

シャーロックも首を傾げる。

「?じゃあ何で、?」

赤毛が眉を寄せ再度首を傾げると、イーサンは二人の顔を交互に見て笑いを堪えるように目を見開いた。

そして耐え切れなくなり吹き出す。

「ッブハ!、、ロシュ‼︎、、シャーロックは、お、おお、男やで!ハッハッハ‼︎」

イーサンは絞り出すようにそう言うと、腹を抱えて笑う。

シャーロックは、一瞬固まると、信じられないというように口をあんぐり開けた。

「⁇、、は?こんな顔した男いる訳ないだろ、」

赤毛はシャーロックを舐めるように見ながら言う。

「‼︎、、!、僕は、、お、俺は男だ‼︎」

シャーロックは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。

「女の子な訳無いだろう!とんだ侮辱だよ!信じられない!」

怒るシャーロック、未だ頭にハテナを浮かべるロシュ、笑い転げるイーサン。

ベランダはカオスを極めていた。

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