第12話

 夫に会うまで私は、自炊なんてしなかった。だってそこらへんで買えるやきそばなんかのほうが作るより安い上、おいしいから。味が濃くて、あきらかにカロリーが高そうで、健康にはよくないものは本当においしい。


「私、こんなものも食べれるのね」

「今度はなにが食べれることに感動してるんだ」

 二人で食卓を囲む。

 今日は彼が作ったピーマンの肉詰め。見ただけで食欲がそそらない。彼は肉と野菜はバランスよく食べるようにと主張してくる。若干野菜のほうが食卓に並ぶことが多い気がする。

 とにかく、彼は体を使う仕事らしく、健康にとても気を使っている。体格を維持することにも。

 思い切って食べる。

 これは……!

「ピーマンがおいしい」

「苦くておいしい?」

 私は頷く。

「それはよかった。君は好き嫌いが激しいからね」

 夫に出会った頃、私は好き嫌いの塊で、あれはだめ、これはだめと逃げてきた。

 夫はそんな私に呆れて、たぶんそのとき愛情の一ミリくらいはなくなった。けどおいしくないものは食べたくない。そんな私に彼はせっせっと料理を作って私の味覚を革命してくれた。

 たとえば今日はピーマン。こんなしゃきしゃきして、ほろ苦いのにおいしいと思える。すごい。

「……私、あなたのせいで食べれるものが増えたわ」

「それはよかった」

「あなたとだからかしら?」

「それはなおのこと嬉しいな」

 ふふと口元を緩る夫。この人はどうしてこうも

「あなた、私の好き嫌いが多いって知ったとき、嫌いになったくせに、諦めないのね」

「嫌いにはなってない。ただめんどくさいとは思った」

「めんどくさい……」

「そのあと、ああ、この人の味覚を俺のために作り替えようと閃いた」

「つくりかえる……?」

「そう。いっぱいおいしいものを食べさせて、メロメロにしようって」

 穏やかに笑って視線を向けてくる夫に私は罠にはめられたと知る。

 この三年。ほぼ彼は私のために料理を作ってくれた――最近、私はパンケーキとか簡単なものを作って夫に出してるけど! けどっ!

 やられた。

 三年の間に、私は夫の作るものはほぼ食べられる。おいしいと思ってる。たぶん、きっとこの先、ずっと何を食べても夫のことを思い出すし、この人の料理が恋しいと思う。

「胃袋を掴まれたわ」

「もし、君が俺と別れたとしても、俺の作ったもの食べたさにふらふらと会いに来るだろうな」

「そんな後ろ向きな前向き発言やめてよ」

「俺が先に死んだら」

 やめてよ、悲しくなるから、その台詞

「レシピは残しておくから、自分で作るんだ。俺の作った味を一番に知る君が」

 もうと私は怒って彼を睨みつけると、ふふと笑ってキスされた。意地悪。

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