第11話
「わぁ、懐かしい」
彼女の声がして、ふと手を止めた。
今日は家の大掃除をしようと二人で話し合った。最近忙しさと怠惰を行き来して、まったく家のことをしていない。
ハウスキーパーを雇おうかという話は何度かしたが、あまり他人に家に入って欲しくない、というのが二人の結論だった。
結局自分たちのことは自分たちでするしかない。
久々に長期の休みにはいったのだし、ちょっとずつとは思ったが
妻は本を出してきらきらと眺めている。
ああ、これは無理だな。
「なにしてるんだ。ダーリン」
「うっ。これは、その」
あせあせと笑う彼女の手元にある本。あれは・・・・・・
「俺の台本か」
「そ。私と共演したやつの。台本とってるのね」
「大概のやつはとってあるな」
そのための本棚を作って、一つ一つおさめている。
赤ペンをいれて修正をいれたものや、新しく刷られたもの――妻との脚本は、第一原稿から一気に変わったので、そのあとは毎回、その場で脚本家が書いていくというタイトなものだった。だからほとんど脚本はない。
第一原稿の脚本。これは後半がまったく別物になっている。だからほとんど開いていないが、彼女は嬉しそうだ。
「君は脚本は?」
「あるわけないでしょ。名も無いモブだもん」
「そのあとのは・・・・・・その場で書いたのを回し読みしたものな」
「ほとんどアドリブじゃない。あれ」
あらすじだけ書いて、あとはやって、という監督も脚本家も本当にノリがよかったし、それに合わせていくスタッフも。
まぁ原因は俺と彼女にある。
「この台本のラストだとあなた死ぬのよね。途中で」
「ああ。俺はあくまで当て馬役だったからな。そのあと憎悪に飲まれたラスボスとの戦闘だったな」
「・・・・・・生き残らせてしまったわ」
「生き残ってしまった」
二人で見つめ合う。
「怒ってる?」
「なにを」
「生き残らせちゃったこと」
「・・・・・・君を見つけたこと、怒ってるかい?」
頬に触れて撫でる。
もし、あのとき、彼女がいなければ、彼女を見つけなければ、この作品の悪役は――俺の演じるヴィランはなにもかも諦めて、憎悪に染まって死んでしまったことだろう。
死にたくなかったから彼女を見つけたのか?
違う。
ただ惹かれてしまったから、手を伸ばした。
彼女が手をとってくれて、一緒に生きる道を探し出してくれて、逃げ出した。おかげでドラマはヒットしたが、二度とこんな現場はごめんだと俺は思ったし、他のスタッフも口を揃えるような楽しくも地獄な仕事だった。
毎日脚本を読んですぐに演じ、その場その場でアイディアを出して物語を作っていく。昔のドラマか映画かよ、みたいな仕事だった。みんな子供みたいに楽しそうで、夢中で作った。
作品の悪役が、死ぬだけのヴィランの最後のあがきが見せたアレは夢みたいなお話だった。
夢のせいで脚本だって残っていない。
「怒っていたら結婚してないでしょ」
「そうか」
「またあなたの演じる彼に会いたいわ」
「俺も、君の演じる彼女に会いたい」
視線を向けて笑い合う。
手をとって、指を絡めて、キスをする。ここはドラマでも、映画でもない。
俺と妻の現実だ。毎日脚本を二人で書いて、演じて、夢みたいな日々だ。それがまだ続いてる。
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