第9話

フラッシュ。

 不愉快さに目がかちかちする。思わず奥歯を噛みしめて舌打ちを一つ。

「ううー」

「平気か?」

 妻の腰を抱いて囁く。彼女もフラッシュに驚いたらしく、目をぱちぱちさせている。こういうときのために二人してサングラスをかっておくべきだな。

「目が痛いわ」

「まったく、あいつらは」

 俳優を狙うゴシップ屋は多い。油断すればいつだって写真をとられる。今は妻と二人の買い物中だというのに。写真をとられたところで困ることなんてない。ただ今夜の夕飯が彼女のリクエストのシチューだということだ。

 俳優にプライベートはないのか? 答えはない。

 いついかなるときだって見られて、それを売り払う。

 自分を切って、売る。

 その道を選んだ。

 こういうつやらが湧きだすのは一種の仕事が順調だということだ。

「もう、あいつ、にやにや笑ってるわ」

「怒ると相手を喜ばせるぞ」

「じゃあどうするの?」

「ポーズでもとるか」

「思いっきりキスするとか?」

「笑顔撃退作戦とか?」

「うーーん」

 どれもこれもさんざんやってきた撃退方法だ。こういうやつらは適当にあしらうのが一番だ。ただ不機嫌な顔をしていても迫ってくる。苛立ちから殴りかかってはこっちが不利になるだけだ。

 妻と結婚するまではこいつらとの付き合いはうんざり以外のものではなかったし、イライラもしたし、殴ってやろうとも思ったことは数限りない。妻と結婚してから彼女は笑顔撃退作戦やらポーズ作戦やらとウエットにとんだことばかりするので、苦痛ではなくなった。

 しゃれてるな、と俳優仲間から言われた。

 二人なら、なんでも楽しめれる。

 ただまんねり化してきたから、そろそろ次の撃退方法をどうするか。

 二人してうーんと悩んでいるとゴシップ屋が近づいてきた。また写真をとるつもりらしい。または俺たちが何を話し合っているのか気になるらしい。

「そうだわ」

 名案を思い付いたとばかりに妻が駆けだした。

 あ。

 止める間もなく、カメラを奪い取り猛ダッシュしていく。

 あーーーと悲鳴をあげるゴシップ屋があと追いかける。狙われてお気の毒に。そういいながら俺はスマホを取り出して妻と間抜けなゴシップ屋をとって、自分のSNSにアップした。すぐに俳優仲間たちが、いいぞいいぞ、もっとやれとはやしたて。自分はこうやった、ああやったと写真をアップしてきた。笑顔をふりまいたり、ポーズをとったり、写真をとりかえしたり。楽しそうだ。

 さて、鬼ごっこしている妻を追いかけるか。せっかくだ、仲間にいれてくれ。


 そのあと三十分ぐらい、あいつのカメラを二人で奪ったまま逃亡を繰り広げ、最終的にギブアップするまでからかってやったが、それが別のやつに写真にとられてSNSにあげられていた。それにもかなりいいねがついていた。

 それを見た妻は

「ほら、これでしばらく静かよ。次にきたやつは同じ目にあうってびびってこないわ」

 確かに。

 こんな撃退方法があったとは思いつかなかった。

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