#4
アパートの安っぽい鉄の扉が重い音を立てて閉まる。家具の少ない殺風景な部屋は、電気をつけると余計に物寂しく映る。靴下を履いていても、フローリングの床の冷たさが迫ってきた。念入りに手を洗ってから、こたつにもぐりこむ。テレビをつけようとしたけれど、職場でのことを思い出してやめた。
パソコンを立ち上げて、ユーチューブでいつもの動画を再生する。海、五時間。実際にどこかの海を定点カメラで撮影したらしい。その音を部屋に満たして、簡単に一人鍋のようなもので夕飯をすませた。
何か気楽に見られるドラマでも流そうかと、パソコンで配信サービスの画面をスクロールする。もちろんその間もバックグラウンドで海の音は流したままだ。そうやって動画を探していたはずが、ふと我に返ると、東京にあるジェンダークリニックの性別適合手術案内のページを読んでいた。
本気で身体にメスを入れる気ならば、ローンを組んででも、東京の病院に気軽に通える学生時代にやっていた。そうせずにここまで来たのは、金銭や時間の都合に阻まれたのではなくて、自分で選んだことだった。だから、ホームページにある宣伝文句のように、自分らしく前向きに生きるためにここを見ているのではなかった。何よりまず、新型ウイルスがはびこるこのご時世、高齢者施設で働く自分が、東京のクリニックなど受診しに行けるわけがない。ただ、もし次に逃げる先を探すならば、もうここしかないのかという一種の諦めが、私にこのページを読ませているだけだった。
海の音を流していたはずのユーチューブが、突然かん高い若い男女の声を発する。異性に好かれたければ脱毛しろだか痩せろだか、そんな広告が動画の途中に挟まったのだった。広告の中では、学生らしき人たちの陳腐なストーリーがアニメで展開される。主人公、恋の相手役、主人公に商品を勧める友達役、少なくとも三種類の声がした。画面をユーチューブに切り替えたが、今回はスキップできない形式の広告だった。ほんの二十秒ほど待てばその茶番劇は終わるのだが、その二十秒が耐えられなくて、反射的にウィンドウを閉じていた。
思い描いていたのは、こういった広告やテレビCMで見るような、とまではいかなくとも、それなりに充実した大学生活のはずだった。しかし、勉学の充実はともかくとして、自分が広告のように眩しい笑顔で胸を張ってキャンパスを歩くことはついぞなかった。それはもう、水が合わなかった、と思うしかないのだった。
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