やさしい人
春風月葉
やさしい人
あなたは本当にやさしい人ね。皮肉っぽく私は言った。あなたはそれをただ、
「ありがとう。」と言って受け止めた。あぁ、今日も失敗だ。心の中で私は大きく溜め息を吐いた。
あなたはいつもやさしかった。そしてきっといつまでもそうなのだろう。自分で言うのもなんだが私は面倒くさい奴だったと思う。あなたに理不尽な怒りや言葉をぶつけたり、無茶や我儘を口にしたり、小さなことで嫉妬したり疑ったりした。
でもその度にあなたはやさしく笑って私の欲しい甘い言葉をくれた。いつだって私の望む言葉を持っていた。それが心地よくて、私はずっとあなたに甘えていたのだと思う。
でも面倒くさい私は気が付いた。あなたの口から吐き出される甘い言葉は本心ではないのだと。だから私は決めたのだ。あなたの本心を聞き出すと。
けれども私がいくら意地悪な態度をとってもあなたは平気な顔をしていつものようにやさしく笑う。違うのに。私が欲しいのは完璧な笑顔でも甘い言葉でもない。あなたの本心だけなのに。
それでもあなたから出るのはやっぱり甘い言葉ばかりだった。違う、違うの。耳障りのいい言葉なんてもう聞き飽きた。私が欲しいのは耳が痛くなるようなあなたの本心なの。
どんなに粘ってみても返ってくるのはやっぱりいつもの甘い言葉とやさしい態度。そんなことを繰り返しているうちに、私はあなたを疑ってばかりいる自分のことが嫌になり始めた。そして考えれば考えるほどあなたの本心がどこにあるのかがわからなくなった。
もうだめだ。そう思った瞬間、私とあなたを結んでいた糸は切れてしまった。いや、私があなたの言葉を疑ってしまったその瞬間から糸は解けていたのだろう。
それから私があなたに別れを持ちかけても、あなたは笑ってそれを承諾した。最後まで私にはあなたの本心が分からなかった。
「さようなら、やさしい人。」私は別れ際にそう言った。
「さようなら、愛しい人。」そう応えたあなたの笑顔が少し寂しげに見えたとき、私の胸の中には小さな喜びと大きな悲しみが生まれた。
あぁ、さようなら、やさしい人。
やさしい人 春風月葉 @HarukazeTsukiha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます