鉄の女って意味違わない?

浅葱

鉄の女って意味違わない?

「青野笑美子(あおのえみこ)! 明日こそは笑わせてやるからなっ!」


 そう捨て台詞らしきものを残して、三軒隣の幼なじみの山上(やまかみ)君は駆けて行った。相変わらず華麗な逃げっぷりである。

 私はひらひらと手を振って彼を見送った。

 本当は笑いをこらえるのがたいへんだったし、心の中では爆笑してたんだけどな。どうして彼はそんなに私の笑顔が見たいんだろう。

 私は今日も首を傾げた。


「また山上連敗記録更新中?」

「こりないねー」

「なんで気づかないんだろーね?」


 クラスメイトの友人たちの方が私のことをよくわかっているらしい。


「?」

「表情が動かないだけだよねえ。笑美、すごく楽しそうだったのに」


 付き合いの長い友人がにこにこしながら言う。


「「それはまだよくわからない」」


 高校に入ってから仲良くなった友人たちにはわからないそうだ。表情を動かすのが難しい私としては、どうやってアピールしたものか悩むところである。


「目は口ほどに物を言うっていうじゃない? 笑美ってちょっとしたことでよく受けてるよね~」

「……うん」

「ダジャレとか実は好きだよね?」

「……うん」

「なんで山上気づかないんだろーね?」

「さぁ……」


 それ以前にここ一か月というもの、毎日私を笑わせようとがんばっている山上君がわからない。高校に入ったから笑わせようとしているんだろうか? これはこじつけの理由だけど、それが本当かどうかもわからない。

 聞きたいのだけど、いつも華麗に逃げられてしまうから聞けないでいる。

 私だって小さい頃は普通に笑う子どもだった。だけど、幼稚園生の頃当時好きだった男の子に、笑った顔がへんな顔だって笑われたことがきっかけで笑顔が作れなくなった。それから表情がどんどんなくなっていき、今ではそう簡単に表情が動かなくなってしまった。(当時好きだった男の子は山上君である)

 つまりこれはポーカーフェイスでもなんでもなく、表情筋が退化した結果なのだ。

 それによってついたあだ名が「鉄の女」

 いや、それって意味が違うだろう。そのあだ名を聞いた時内心噴き出した。

 もしかして「鉄面皮の女」って言いたかったんだろうか? 「鉄の女」じゃ今は亡きマーガレット・サッチャーになってしまう。あれは鉄の意志を持つ女という意味だ。

 私が鉄の女とかちゃんちゃらおかしい。そんなわけで家に帰ってから腹を抱えて笑った。どの生徒が言い出したのかは知らないけど頭悪すぎ。で、かなり笑った。

 そうだ、あのあだ名を聞いた頃からだ。山上君が私を笑わせるとか宣言してきたのは。

 その真面目な顔に笑った。でも表情には出なかった。

 私はよく笑っているのだけど、山上君にはわからない。みんなにもわからない。


「ねえ笑美、なんで山上が笑美を笑わせようとしてるか知ってる?」

「さぁ……幼なじみが鉄の女とか言われてて面白くないんじゃないかな」


 付き合いの長い友人がため息をついた。


「表情だけじゃなくて情緒も未熟なの? 山上のこともう少し観察してあげなよ」

「観察?」

「私は笑美のこと見てるから、笑美が山上の渾身のギャグで笑ってるの知ってるよ?」

「ああ……確かに大事かも」


 相手をわかろうとするには話すことが大事だと思うけど、山上君は話をする前に駆けて行ってしまうから観察が大事かもしれない。


「見てみる」

「がんばってね~」


 次の日の昼休みも山上君は駆けてきた。


「こらー! 山上ー、廊下を走るなー!」

「さーせん!」


 教師が近くにいたらしい。思わず口元が動きそうになった。

 はっとする。

 私の笑顔はへんな顔だから笑ってはいけないのだ。


「青野、一発芸だ!」

「はい」

「カニ!」


 そう言うと山上は私の前でばっと足を広げて両手をチョキの形にして目をきょろきょろさせた。そのマヌケな姿に周りがぷっと噴き出す。


「からの~目からビーム!」


 チョキの指を目の横で横にして真面目な顔。

 すっごくくだらない。でもまたぷっと噴き出す子がいたみたいだ。

 山上君は少しそのままでいてから、バッと気をつけの恰好になった。

 なにそれ?

 それから顔を覆う。


「ああ~、今日もだめだったか~!」


 くだらないんだけど、なんかどれもいちいち笑える。声を上げて「ははは」とか言った方がいいんだろうか。


「なんで私のこと、そんなの笑わせたいの?」


 まだ今日は駆けて行かないから聞いてみた。山上君の顔が一気にぼんっと音がしたみたいに赤くなった。

 あれれ?


「そ、そそそんなのっ! 少しは察しろおーーーーっっ!」

「えええ?」


 山上君はまた駆けて逃げて行った。今日も理由が聞けなかった。

 私は首を傾げた。


「笑わせるのが先か、くっつくのが先か」

「絶対お互いに好きなのにね~」

「賭ける~?」


 あの赤い顔の意味はなんだったんだろう?


「恥ずかしかったのかな?」

「未熟、未熟~」


 友人が頭を振った。


「顔の色もそうだけど、目を見なさい目を」

「目……」


 未熟な私が友人の言葉の意味を正しく知るまでにどれぐらいかかったのかは――皆様のご想像にオマカセシマス。



おしまい。



年々可愛くなっていく幼なじみを笑わせたい男子 VS へんな顔って言われたくないから表情を動かさない女子ファイッ(ぉぃ

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