青の部屋

 夜が来て、朝が来て、朝と夜、私と彼女の交代を繰り返した。夜は苦痛なのは勿論、朝ですら頭が痛くて、私の精神状態は限界に達していた。

 最早、何もかも分からない状態で、ずっと無気力だった筈なのに、塚本十羽の家に訪れていた。

 昔と少し違う顔をしていた。

「十羽のこと嫌いになったのかもしれない」何も分からない筈なのに、嘘のような言葉が、脳裏に浮かんでいた。

 十羽は扉を開けたまま二階の部屋へと階段を使って登っていく。そこは十羽の自室だ。

「入ってくれ」

 私は三角で座って、そのまま壁にもたれていた。

 なぜだろう。この部屋が少し安心する。使われていたのは、数年前な筈なのに、まだ十羽の温もりが十羽の匂いが残ってる部屋なのだ。

 十羽は喋らない。部屋は静かで外の音ばっかが部屋に流れて来る。親しい友人の会話も恋人らしい会話も何一つとして、することができないからだ。

「......」

 どうこうするか考えても虚しく、夕暮れが赤く染まってゆく、黒雲が窓辺を暗く塞いでいく。

 気付けば、何も言えない間々もう電車が隣町へと繋ぐ時刻になっていた。

 私は家に帰ろうと立ち上がった。なのに。

「たまに、自分自身が『塚本十羽』に見えなくなることが起きるんだ」

 なのに、十羽の初めて発した言葉が私の鼓膜をつんざいていた。十羽は至って静かなのに、ひどく私の頭にその言葉が響いていた。

「それがすごく寂しくて嫌なことなんだ」

 本当に莫迦だ。焦燥に駆られてるような、心揺さぶられる洋楽を聞いているかのような気分だ。

「誰かの時間をもてあそんでるみたいで」

 そして本当に嫌なくらいに彼は私だった。嫌なくらいに私と彼は酷似していた。

「おかしいよな。自分のことなのに」

「帰り際だろうに、変なこと言ってゴメン。話す内容思いつかなくてさ。駅まで送る...」

 私のせいだ。十羽がこうなったのは私のせいだから

「どうして泣いてるんだよ?」

 『似てるから』とも、君は『私の願望が作ったから』とも言えないまま、私は「分からない」と嘘を付いた。

 ...けれども、ずっとずっと先延ばしにしてた答えが考えるより先に、口を切った。

「次は私が君を助ける」

「?」不思議そうに曖昧な顔をするのに、昔は『愛しい』と感じるその顔ですら、今じゃひどいくらいに『悲しい』が混じってめちゃくちゃだ。

「十羽」名を呼ぶ。

 私はきっと。何かを隠すため、何かを愛するため、十羽の首に腕を絡めた。

「君は違う。望んだ結末じゃない。けれど君は生きている。今ここに居る」

 私は間違えた。愛した人に過ちを贈った。許されない欲望で自ら、愛した人を汚した。

「言いたいことはね」

「君を幸せにしたいの」

「私はきっと、そうしないと、幸せになれないから」

 泣き崩れていた。十羽はただ、黙っていた。私は十羽の腕の中でいつの間にか眠りに就いていた。

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