悩ましい日々
高校へと転校生が来た。十羽が早くも復帰したのだ。
最初はやっぱり注目を浴びていて、皆んな十羽に話しかけていた。
物言わないけど、逆にそれがミステリアスみたいなとこがあって十羽は立ち待ち、クラスのゴシップネタに昇華してしまった。
私達の通う高校には地元の頃から通ってた知り合いも居て、当時から十羽を知っている人が居たから、良くない噂は立たなかったけど。
隣の女子生徒達が『格好良くなったね』ってコソコソと囁いていたり、教室で騒ぐ男子生徒が十羽にノソノソと近づいていく。『良く生きてたな』って嬉しそうに肩を叩いたりしてる。
なぜか、私にも挨拶をしてくれた生徒も少し見かけたけど。(全部、ハーロットが居てくれたおかげなんだよな)そう心の内に秘めていた。
ーけれど、十羽には異変が起きていた。そのことに気付いたのは、十羽が学校に復帰した時から数週間後だー
十羽と私の二人きりだ。どういった巡り合わせなのだろう。そうも思いながら、私は十羽と二人で廊下を歩いていた。
「ねえ。十羽」
「?」十羽のとぼけた顔が今まで見たことない顔だった。
「十羽は成長したんだね」
話を振ってみたけれど教室に着くまで、ずっと無言のままだ。
私はどうしてか、それにひどく落ち込んだ。嫌われたんじゃないかと、勝手に思い始めていた。
「ごめん。思い出せない」教室の別れ際、唐突にそう呟いた。
「目覚めた時から、自分が分からないんだ。なんだか変な気持ち。記憶がないっていうか」
「だから君のこと、知らない。君は一体僕のなんなんだ?」
......。
次の日、私は一人きりになれる屋上へと足を運んだ。清々しい空気と比べ私の肺は緊迫している。私は少し緊張をしていた。
「ここに来たのは理由があるんだ。
話を聞いてくれるよね。...ハーロット」
『いいわよ』私を除いてそこに一人しかいない、ハーロットは、いとも容易く声を挙げた。
「随分あっさりだ」
『そうかしら』
『で。用件は?』
ハーロットは急かすように、言った。
「本当の十羽はどうなってるの?」
私は踏み込んで聞いた。十羽が十羽に見えない。時間がいくら過ぎてもずっと好きだったから分かるのだ。
『あの子、実は...』
『十羽君、あの子の体に、私の魂の半分を注いだの。だから、あの中に入ってるのは十羽君じゃない』
『所謂、
「違うよ。それは」
望んじゃいけないし、しちゃいけないことだ。
『...里紗がお願いしたんじゃない』
ハーロットは物悲しげに言う。だからきっぱりと言い返そうとした。
「そんなこと思ってない」
「...私は十羽と、本当の十羽と、ずっと一緒に居たくて」
『ねえ。里紗』私の言葉を遮るようにノイズが走る。
『...日本語って私にとってはすごく難しいかも。
だって、言葉の下にある土壌が広く肥えていたら、どうとでも解釈出来るもの』
まるで含み笑いをしているかのような声が聞こえた。けれど、私はその答えは求めていなかった。
「違う!」
私は回りくどい言い訳が聞きたいんじゃない。それどころか嘘は嫌いだ。
『とにかく、契約の内容に、彼の魂を探せなんてオプションを約束した覚えはないわ』
「ハーロット、話を聞い...」
『だから、契約は果たした。事実よ』
「ねえ!分かんないの!?」
『分からない!』
『あの子が嫌いなら、そう言えばいいわ』
あー。もういい。
「私は少なからず十羽って、認めてないよ
それどころか、今のあの子はすごく嫌いだ」
「...私は十羽以外の誰も好きになることができないきっと、なにかの『病気』なんだ」
『...ふーん。そう。なら私も好きにするわ』
『里紗の事、キライになった』
言い捨てるようにノイズが走り去る。
それっきりハーロットの声が聞こえなくなった。
命を弄んだ。私はあんな十羽を知らない。
全くといっていいくらいに、感情に乏しい。
十羽の体から心を切り抜いて空っぽのまま、何も無いまま、ただ生きるという活力を与えられた無機物なんじゃないか、私は憶測でそう思った。
「私は...」どうすれば。
だって、一番好きな人の死を私自身が弄んだ。
望みと言って、十羽を廃人にした。
「何も見てない」
私はメクラだ。十羽は空っぽなのに。あの事故で私は十羽を見殺しにしたんだ。その事実さえ気付けぬまま、十羽の死をなぞるだけだった。かつての過去を追憶して、涙ぐむだけだった。
担当の医者に会った。十羽の担当医に会って話を聞いた。医者は私の顔を見ずに、レジュメやカルテといった書類ばかりと睨めっこしている。
「リハビリの効果も期待できる、脳に異常は無さ気なんだが...」
そしてつまらなそうに、最後に分かりきったセリフを吐いた。
『記憶が欠落している。事故が起きるまでの全ての記憶が、本当に
「...」
私はやらせなくて力が抜けて、自室に立ち尽くした。
そして、到頭その場に倒れ込んでしまう。
目が熱い。私はすすり泣いた。
私はどうやって、また十羽に会えばいいと言うんだ。私はどうやってあの子に、偽物と伝えればいいのだ。
『ねえ。気付いた?』
どこからか、数日前に喧嘩してしまったハーロットが聞いた。気付く、ということには心当たりがない。
「どうしたの?」私は冷たく、そう言った。
『あの子の魂は現世にないの』
『人間って死ぬと転生はできないから』
『事故のショックで魂が粉々に無くなっちゃうの。それで冥界へと転送されてく。
...里紗も鋭かったよね。あんな精密に真似したのに。すぐ気付いちゃうんだから』
分かりきってたんでしょ?『人間の命は一度失ったら、もう二度と現世に戻れないって』
「ああ」ぷつりと糸が切れたような音がした。
十羽は死んだ。ずっと受け入れられなかったことを。何を今更。
「...莫迦にしないでよ」
『ねえ?分かった』まだノイズが走る。うるさい声。
『そろそろ約束の時間だけど』嫌い。私の条件なんて呑む気のない悪魔の囁き。
「知らない」
『承認してくれたじゃない。そして想い人も生き返った』
違う。あいつは十羽じゃない。私は満足できない。こんな現状望んでいない。
『里紗には十羽君は居ないほうがいいよ』
「今、なんて...?」声が震える。...なんで?どうして?
『今度はどうする?』
どうするってどうゆうことだ。この子は何を言ってるんだ。
「だから...どうゆうこと」
『簡単な事よ。次の
貴方が彼になる、今の空っぽの彼に耐え切れなくなって自分自身で彼を演じるとか、殺めるとか』
やめてくれ。話に付いていけない。
『あのね。里紗』
『私も
『だから私達は共依存的な間柄なの』
相互関係みたいなもの、ハーロットが言った。
『だから貴方が永遠に私に体を貸してくれればそれでいいよ』
「っ...!?」
ハーロット。この子は何を言っているんだ。理想を嗤れている。理想が踏みにじられている。消えたい。
「なのに」
クラクラ、視界がぼやけているのだ。目眩が治らない。
酸素が足りない。薔薇の匂いが思考を妨害する。息が乱れて、苦しい。...このままじゃ死にそうだ。
『ねえ。私に全て任せてよ』
けれどハーロットのノイズが止まない。
『私はこの世界がすごく好きになれそうな予感がするんだ』
...それどころかどんどんノイズが大きくなっていく。
『里紗の代わりにね』
ハーロットがどんどんと私に流れていく。私が壊れていく感覚。ハーロットに全て侵食されていく。
私は夢を見た?...それすら考える間も無く思考を殺された。
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