現世

 起きた。目が覚めた。頭が痛くもなんともない。

 昨日起きたことの半分くらいが脳裏に灼きついている。「うわっ」マジマジと自分の肌を見る。裸だけど、何かされたような痕跡のようなものは何一つない。ただベッドのシーツはぐちゃぐちゃで、室内に居るのは私一人だ。

 昨日居たはずのハーロットが居ない。ハーロットはどうやら私の中で眠っているようだ。「昨日起きたことは夢じゃない」なぜかそう確信していたから。私は布団から飛び起きた。自室に脱ぎ捨てられた服を着ていく。


『契約が果たされれば、彼は目覚めるよ。約束する』


 異世界で言われたことのせいで、今すごく胸がときめいてる。電車を乗り継いで隣町の病院へと向かっていく。

(どうか元通りに...)私は揺られながらも、何度も君が目覚めていることを願い、祈った。


「塚本十羽さんは今、面会ができません」

 恒例行事のようにいつも来る私に、『面会は受け付けてないので』と看護士が言った。

「けれども、意識はあるみたいです」

 豆鉄砲を喰らわせたかったのか、看護士は次にそう言って、得意げに笑った。

「ホントですか!?」気付けば軽く弾むように、相槌を打っている。

 ...私はそれくらい、彼が目覚めたことが嬉しかった。


病院を出た後の帰り道で『成功したみたい』ノイズのような声がピリッと走る。

 ハーロット?私はふとノイズの声が誰なのか疑問に思う。すると、『そうだよ』と確かにハーロットの返事が聞こえてくる。

『夜になると、私の時間になる』

 依代、そう言ってもシフト制の体の共有みたいなもので私は昼に活動して、夜に彼女に(私が眠っている間)体を貸す。どうやら、夢遊病みたいなことになってるようだ。

 でも十羽が私の元に居てくれるなら、それも面白いかもな。と条件を呑めた。霧島里紗という人間は、おかしなことに全てが塚本十羽という人間のためにあると思い込んでるのかもしれない。

「ありがとう」思わず、そう呟いて、私はその場に倒れ込んだ、人目も憚らずに泣きそうになってしまう。『そう』とハーロットの当たり障りないような一言ノイズが聞こえたような気がした。

「ずっと会いたいって思ってたから」

 もっとずっと一緒に居たかったから。その想いだけが胸に何度も残り続けていた。

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