ドキュメント『米ディレクター』

青キング(Aoking)

ドキュメント『米ディレクター』

 現在の日本のお笑い番組に彼の影響を受けていないものはない。


 某有名バラエティ評論家にそう言わしめた人物こそ、フリー番組ディレクターの米地直樹(50)である。


 彼の手掛けた番組のほとんどが十数年続く息の長い番組として世に定着し、巷間の笑いを誘っている。

 

 

「あの人は凄いですよ。番組の未来が見えているんですから」


 2000年代初頭からスタートしたバラエティ番組『Comeかむ』で初回からMCを務めるお笑い芸人ドッドド・ドライバーの瀧本の言葉だ。

 瀧本にとって『Comeかむ』は初めてMCを務める番組だった。

 MC未経験の彼を抜擢したのも米地だ。


「本当だったら同じ事務所ですでに名が売れていた雉見さんがMCに選ばれるはずだったんですけど、米地さんの独断で自分に変更したらしいんです」


 瀧本はそう語ってくれた。

 『Comeかむ』が企画段階だった当時、人気MCだった雉見を採用しないのは誤った判断だと思われていた。

 しかし十年後、米地の判断が正しかったことが証明される。


 雉見が暴力団関係者に金銭を渡していた、というスキャンダルが報道されたのだ。

 その影響で雉見がMCを担当していた人気番組が軒並み休止やMC変更を余儀なくされ、残った番組でも人気は今や風前の灯に等しくなった。

 けれども雉見を採用していなかった『Comeかむ』はこの頃から急に人気を集め始め、今では同時間帯の年間視聴率トップを三年間も保つ超人気番組に押しあがった。


「瀧本君。君を採用した理由は真面目そうだからだ、ですよ? 聞いた時は驚きましたよ」

 

 真面目さ理由に瀧本を採用した米地の判断は、雉見の本性を見抜き凋落を予期したからかもしれない。

 

 瀧本の他にも『米ディレクター』の卓越した手腕を知る人物がいる。

 長年、『Comeかむ』で瀧本とともに番組撮影を行ってきた音響の本田だ。


「米さんは面白い番組を作ろうとはしていなんいんですよ。見たくなる番組を作るんです」


 面白い番組を作ろうとしていない、とはどういうことなのか。

 本田に尋ねると、米地の番組作りの真髄が見えてくる。


「順序が逆なんです。見たくなる番組を作ろうとすると、その要素の一つとして面白さが必要になるんです。なので面白い番組が出来上がるのは見たくなる番組を作った結果でしかないんですよね」


 目から鱗が落ちる話だ。

 本田に米地が事務所の専属ならずフリーであり続ける理由を聞いてみた。

 しかし、答えにくそうな顔になってしまった。


「噂だとフリーの方が稼げるからじゃないか。ってことなんですけど、米さんのことだから自分たちが思いつかない高尚な理由があるんじゃないですか?」


 むしろこっちが知りたい、というような返答だった。

 我々取材陣は他の米地と親しい芸能人や番組制作関係者にも話を聞いたが、米地がフリーであり続ける本当の理由を知る者はいなかった。

 それでもこのドキュメントを完成させるは、なんとしても米地の真意を確かめる必要があった。我々取材陣が満足できないところもある。


 各局のバラエティ番組の企画から立ち会う米地は多忙を極めていたが、かろうじて番組制作の合間に我々の取材に応じてくれた。

 

「フリーで居続ける理由ですか? はあ」


 我々の質問に米地は困った顔をしつつも、数瞬考えた後に答えてくれる。


「番組を作るチャンスを逸したくないからですかね」


 事務所専属になっても番組を作れると思いますが?

 と、我々の代表者が尋ねると米地は苦笑いした。


「確かに作れますよ。でも、他のテレビ局だって番組を作りたいわけじゃないですか。そこで例えば自分に依頼したいとなっても、あの事務所専属だからとかこの事務所の番組と被るからとか依頼できないじゃないですか。事務所の契約のせいで誕生するかもしれなかった人気番組が構想の段階で潰れちゃうんですよ。それって勿体ないじゃないですか」


 確かに。

 その場にいた全員が頷いた。

 番組制作の打ち合わせが始まる十分前、米地は取材終わりに我々に言い残す。


「スケジュールさえ合えば仕事を受けますよ。ローカル局だろうとラジオだろうと番組を作って欲しいって依頼があれば作りますからね。それじゃ次あるので」


 我々の取材を宣伝代わりにして、米地は打ち合わせに向かった。


『米ディレクター』がいる限り、日本のバラエティが絶えることはないだろう。



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「いや。まさかねえ」

 『米ディレクター』のドキュメント記事を読んだ瀧本が痛恨という口調で言った。

  先日の報道で芸能界に激震が走った。

 

『米ディレクター。薬物取引に関与か?』


 報道のせいでドキュメント『米ディレクター』はお蔵入り。


「僕の真面目さを云々言いましたけど、これじゃあんたが言うなって感じになってますね」


 瀧本が冗談か本気か取れない声音で嘆いた。


 ドキュメント『米ディレクター』の差し替えとして『月曜ドラマ 弁当屋次郎の推理帳』が再放送された。

 大変お騒がせな『米ディレクター』であった。

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