最高のエンターテインメント

篠騎シオン

さあ、SHOWの幕開けだ

舞台の上に、一人立つ僕。

それが生身ではなくアバターであろうとも、緊張と興奮が減じることはない。

カーテンの向こう側の多くのデータ気配を感じ、胸が高鳴る。

年に幾度とない、SHOWの時間が始まる。

それが僕にとって不本意な舞台であろうとも、僕は手放せないのだ。


『まもなく開演です!』


カーテン脇のスタッフから脳内に声がかかる。

僕が軽くうなずいて見せると、スタッフは大きな暗幕をゆっくりと開けていく。

頭を下げておき、幕があがり切るのを待つ。

ちろり、唇を舐め、ドキドキを押し込める。


「レディース&ジェントルメン、そして様々な性を生きている皆さん、いかがお過ごしでしょうか」


営業用のスマイルを浮かべながら頭を上げ、アバター体に音を響かせて発声する。


「ENT社広報のライトです! おっと、アバターだから中身が本物かわからないって?」


僕はその場で一回転宙返りをして見せる。

その途中、いくつもあるカメラ目線、そして客の目線すべてにウィンクを送る。

他の人には真似できない、僕の十八番の演出だ。


「ほら、これが出来るのは僕だけでしょう。、本物なんです!」


もう一度ウィンク。

ファンが甘い吐息を吐き出す音が聞こえ、僕の冗談に笑い声も起こる。

掴みは上々だ。


「さて、本日は最高のエンターテインメントカンパニーであるENT社が満を持して送り出す、新商品のお知らせです。それがこちら!」


後ろのモニターに映し出されるのは、タブレット型の水色の錠剤。


「ご愛顧いただいております、コメディ錠27が装いも新たに新登場。その名も、コメディ錠27エクストラ! 従来品に比べて、錠剤を摂取した際の満足度が、な、なんと、30%増加します」


ぐーんと伸びたグラフが表示される。当社比という表示も忘れてない。

その背景には様々なレジャー、お笑い、映画などのイメージ図が客の興味を惹くよう心理学を用いて配置されている。

いつもながら彼女は最高の仕事をする。


「しかも、今回は! ご自分で与えられる刺激を選択することが出来ます。可愛らしいキャラクターたちによって得られる刺激?」


ぴょこぴょこと舞台上に現れたキャラクター達を撫でる僕。


「それともイケメン俳優によって得られる刺激?」


現れた彼らと肩を組んでピースする。


「それとも、ちょっとエッチなコメディの刺激?」


周りがハートで包まれ、僕はちょっぴり顔を赤面させる。

ハートをつついて割る。

パチン。

その音とともに場面は転換し、舞台上は再び僕だけになる。


「お好きなコースをお選びいただけます。そして! 今回キャンペーンで従来価格からお値段据え置き! 皆さんぜひ、お試しください」


意味はないが、購買意欲をそそる文言。

そして、一礼して締めの挨拶。


「本日もENT社のライトがお送りしました。ご注文は脳内TELより。これより30分間は、回線を増やして注文を受け付けさせていただきます」


舞台が終わる。

充実感と、喪失感。そして、モヤモヤ。


僕は静かに、舞台との接続を切りマイワールドへと戻る。

何もないワールド。

がらんとしたただの空間で僕は大の字で横になる。

そこへクライアントから脳内TEL。


「はい」


『もしもし。ライト君? いやー今回も注文殺到だよ。やっぱり宣伝は君に限るね。君のセールス力は最新AIにも負けない。ちょっと色を付けて振り込んでおくから、次回もよろしくね』


そう思うなら、思ってくれるなら、なんでこんな製品売るんだよ、そう心の中で思っているうちにTELが切れた。


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


伝え損ねたその言葉を中空に放り出してから、僕は口座を確認した。


通常の労働では得られないほどの額。

そもそも論として今の時代の人間は普通に暮らすならお金も必要なかったりするが、僕は違う。


「要請。外出」


がらんとしたマイルームの中で僕は叫ぶ。

すると、目の前にポップアップ。


【外出に¥900,000必要ですがよろしいですか?】


「くそっ、また必要額上がってんじゃん」


悪態をつきながらも、迷わずイエスを押す。

マイルームが遠ざかり、リアルな肉体の感覚が戻ってくる。

やせ細った体。

けれどAIの管理のおかげで動くのに必要最低限の筋肉があり、起きるのに苦労することはない。

僕は自分のポッドスペースから出る。

周囲には上下左右に僕のと全く同じポッドが無数とも思えるほど並んでいる。

その中の人間たち、そして彼らが僕の宣伝した薬を使っていることを思うと、モヤモヤが増大していく。

頭をぶんぶんと振って思考を追い出すと、僕は彼女の元へと向かった。



「お、來人らいと君、いらっしゃい」


たくさんの科学品や実験器具が並ぶラボと呼ばれるような場所に彼女はいる。

僕の来訪に嬉しそうに声を弾ませて出迎えてくれた。


「画面で見てたよー、お仕事お疲れ様」


「ありがとう、由可ゆかさん。薬もスライドもいつもながらに完璧だった」


「でしょー! なんてったってAIも認めた天才ですから。コーヒー飲む?」


湯沸かし器のスイッチをすでに入れながら、由可さんが僕に尋ねてくる。


「お願いしようかな」


現代では高級品のリアルコーヒー。

最初は遠慮したものだが、最近は甘えることにしている。


「そういえば参ったよ。また、外出料があがっててさ」


「そうかぁ。最近、外部管理課の経費が削減されてるからね。そうでもしないと破綻するのかも」


「AI界も世知辛いのか」


「そうね。はい、コーヒー」


手渡されたカップを持って、部屋の隅、旧式のテレビの前へと移動する。


「見てもいい?」


いつものことだが、念のため許可を取る。


「いいよ」


合図を待って、デッキに古の時代のお笑いのディスクを放り込む。二人組の芸人、ピン芸人、コント、漫才、音楽……様々な芸風の芸人たちが出てくる映像。

娯楽活動が廃止された今では、貴重なその映像。何度も何度も見ているネタでも、僕は思わず笑ってしまう。


「毎度毎度よくそんなに笑えるなぁ。來人君は」


そう言いつつも、一緒に見る彼女もたまに笑っていた。

見て、笑う。

そのおかげで、体の中にあったモヤモヤが霧散していく。


「やっぱり薬で疑似的に与えるのとは違う、感情、エモーションがリアルの娯楽にはあると思うんだ」


「來人君、舞台に立つの大好きだもんね。ていうかそう思うなら、あの薬売るのなんてやめたら? 自分の好まないもの売るのってつらくない?」


由可さんの言葉が僕に突き刺さる。

それは、事実だった。

あの薬、コメディ錠。

笑いなどの娯楽は人間に必要。しかし、それを従来の方法として提供する必要はなく、脳に的確な刺激を与えるだけで十分人間は健康でいられる、というAIの判断から生まれた薬。

薬の普及とともに順応した人間は娯楽を生み出さなくなり、娯楽活動は全面的に廃止となった。

しかし僕はそうはできず、宣伝と称して舞台に立ち、薬自体にも適応できなかった。

初めてあれを飲んだ時、体の内から自分の意志に関係ない笑いの感覚が沸き上がってきて、心底気持ち悪くなったのだ。

それを自分が売っていると思うと、寒気が走るし、モヤモヤでおかしくなりそうになる。

でも、僕には、そのつらさを飲み込んでも今失いたくないものがある。


この、時間だ。



由可さんは、この世界では特別な人間だ。


人類が、バーチャル世界に出入りするようになってから数百年。

外の世界を完全にAIたちに任せるようになってから、二百年ちょっと。

いまや繁殖も生体管理も、僕たち人間はすべてAIの従えるロボットに世話をされて生きている。

全人類がバーチャル世界で生きる世界の中で、由可さんはたった一人の例外だ。

生まれたばかりの彼女の脳は、バーチャル世界に拒否反応を示したそうだ。

通常、そういったケースの赤子はAIによって処分されるが、彼女のその天才性ゆえ、生存が保障、いや強制された。

彼女はバーチャル世界にいる自分の親兄弟と直接会えず、僕以外の友達も、いない。

一度、彼女のお金で両親をバーチャル世界からこちらに呼ぼうとしたことがある。けれど、AIの定めたルールによってそれすら叶わなかった。

人間が寿命を克服して久しい。

いつしか、彼女の両親は会えもしない彼女という娘を忘れてしまった。

彼女は孤独な人だった。

今でも初めて会った時、泣いていた彼女を思い出す。

恋して、抱きしめたことを思い出す。



「まあ、あの会社お金払いがいいし、僕は売るしか能がないからね」


そんな言葉で、僕はごまかす。

売る、以外に、才能があったならどんなによかったことだろうか。

そうであれば、僕はもっと”追い付かれず”に済んだかもしれないのに。


他愛のないおしゃべりを続ける。

そうしているうちに、外出時間終了のチャイムが無常にも鳴ってしまう。


「じゃあね、由可さん。また」


「またね、來人君」


挨拶して、僕は彼女の部屋を出る。

自分のポッドへの帰路、僕の目はいつも涙で満たされる。


僕に残された、外での時間は少ない。

今、お金を稼げでいるのは、AIよりもよい宣伝が出来るから。

しかし、AIは彼女の力添えもあって、日進月歩進化している。

3年後か、5年後か。あるいはもっと先か。

いつか、僕の宣伝のきらめきが、AIに追いつかれる日が必ず来る。

そしてそれは、多方面における天才である彼女よりも早い。

そうなったとき、僕は会うことは叶わなくなり、彼女は一人になってしまう。

再び、孤独に。

泣いていたあの頃の彼女へと戻ってしまう。


僕はそれをどうにかする術を持たなかった。

天才じゃないから。

必死に考えても、何も、生み出せない。

悩んで、苦しんで。

最後にたどり着いたことは、変えないことだった。


「演じ続けよう」


それが不本意なことだとしても。

時間の許す限り、彼女のそばにいてその時間を大切にするのだ。


涙を拭いて、ポッドの中に入る。

滑稽でも、コメディでも、道化でも構わない。

少しでも長く、彼女のそばにいられるように。

まだ、力が届く限り、SHOWを続けよう。


そう再び心に刻みこんで、瞼を、閉じる。

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