第15話 暑くなる前に天ぷらと

「今日は何を作るの?」

「ゆりさん。えっと、昨日多く野菜が送られてきたから、天ぷらを作ろうと思って」

「そっか…そのさんづけはいつやめるの?」

「それは…」

「お母さんも、家に連れて来てって言ってたから、そのときには呼び捨てにしてよね」

「わ、わかりました」


といっても、さすがに年齢=彼女いない歴だった僕に対して、それをいうのは無理難題なんだと思うんだけどな。

確かにゆりさんは可愛いし、モテるだろうから彼氏がいてそういう経験があるというのは少し理解できるとしても、僕にはまだ早い気がする。

それでも、どうせならもっと暑くなってしまう前には、呼べるようになっておきたいとも思っている。


学校が終わり、今日はバイトもない。

それがわかっているのだろう、ゆりさんと二人でアパートに帰る。

最近は少し暑くなってきた。

それでもゆりさんがどことなく手を繋いできてくれるのはうれしいことだった。

家につくとエアコンで除湿をして、これからの夏に向けて体力をつけるためにと、あまり暑くなる前に多めの揚げ物をしたいという自分の思いから、今回は天ぷらだ。


主に野菜を中心に作る。

下ごしらえとして、ジャガイモは薄切りに、玉ねぎも薄切りに、卵は凍らせておいたものをむいて…

オクラはヘタをとり、エビとホタテは身だけのものを買っていたので、それを使って…

後はニンジン、ゴボウは細切りにして、ゴボウは水にさらしておく。

そこで気づく。

すでに多すぎることに…

ついつい家と同じようにいろいろな天ぷらを食べたいと思っていろいろな食材を用意していたのだけれど、今ここにいるのは僕とゆりさんの二人で、目の前にはすでにバット2つにはなる食材たち…

一瞬動きが止まったのを、近くで見ていたのだろう、ゆりさんが近づいてきた。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと…」

「あー、かなり多く用意してしまったってこと?」

「そうなんだよね。さすがに切ったりしちゃったし、どうせならいろいろ食べたくなって」

「そっか…でもいいじゃない。食べたいものがしっかりあるってね」

「た、確かに」


そう言ってもらうが、さすがに作り過ぎたということもあり、これを全て揚げるというのはどうかと思ったが、といってももう切ってしまったし…

いや、食べられなかったら、隣の二人にあげたらいいかと思い直して、揚げはじめる。

さすがにというべきか、一つ一つを携帯に表示されたストップウォッチを見ながら時間をある程度決めて揚げた。


「つ、疲れた…」

「お疲れ様。はい、これ」

「ありがとう」


ゆりさんから差し出されたよく冷えた麦茶で一息つくと、少しとんだ油をふき取り、あきらかに量が多い天ぷらを机におく。


「「いただきます」」


二人の声が揃い、食べていく。

塩、ワサビと塩、天つゆと簡単に3種類のつけるものを用意した僕はそれを食材ごとになんとなくつける。

ゆりさんはというと、塩のみで食べることが多い。


「ゆりさん?」

「…」

「ゆりさん?」

「ゆりだよ」


あーこれはちゃんと言わないとダメなやつだと確信した僕は意を決して口にする。


「えっと、ゆりはどうして塩のみで食べてるん?」

「それはね、素材の良さを感じるためだね」


そう言いながらも嬉しそに笑う。

彼女が喜んでくれているのなら、勇気を出して名前を呼び捨てにしてよかったと、しみじみ思ったのだった。

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