第14話 外食とお話と

「えっと、これは…」

「ごめんね。さすがに緊張するよね」

「まあ、でも僕も急に実家に一人娘を連れていったことを考えると、これくらいは仕方ないよ」

「でも大丈夫。今回はお母さんだけっていう話だからさ」

「それでも緊張することに変わりはないけどな」


そう、現在僕はゆりさんのお母さんとご飯を食べることになっている場所に向かっていた。

スーツを着たのは入学式以来だろうか…

そんなことを頭で考えるくらいには、少しは余裕があったが、それでも緊張はとれない。


「本当に大丈夫?」

「一応は…でもスーツの着方これで大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。かっこいいから」

「それはないと思うけど」

「そう?」


美人な彼女にかっこいいと言われて、確かに嬉しいが、どうなんだろうか?

自分の見た目がかっこいいのかなんてことは自分ではわからないのだから、仕方ないということだろう。


「ここか…」

「はい。入りましょう」


そこはそれなりに高級なお店なのだろう。

入るだけで静かなお店の雰囲気が伝わってくる。


「こちらでございます」

「あ、ありがとうございます」


席に案内され、椅子をひかれて座る。

これがおもてなしというやつか…

と感じる程度には高級旅館に驚いていた。

そしてすぐにゆりさんのお母さんがやってくる。


「待たせてしまって申し訳ありません」

「いえ、こちらこそご招待ありがとうございます」

「座っていてくだされば大丈夫ですよ」


そう言われて、椅子に座りなおし、話が始まるといっても、ほとんどが質問ばかりだった。


「あなたはいつからゆりと付き合ってるの?」

「えっと、大学始まってすぐくらいに…」

「へえ、ゆりあなたは一目ぼれなのね」

「ちょっと、変なことを言わないで」

「え…でも…」

「まあまあ、ゆりはどんなところが好きになったの?」


そんなふうにして質問攻めにあった僕らは少し疲れながらも、味がわからないながらも美味しいご飯を食べ終えた僕たちは帰路についていた。


「ねえ、ゆうと君」

「はい、なんでしょうか?」

「ゆりのことをお願いね」

「ちょっと、お母さん!」

「だって、あなたがいい人なのは最初からわかっていたから」

「どういうことですか?」

「ゆりが、ご飯の前にいただきます。食べた後にごちそうさま。それを言い出したのはあなたと付き合ってから。美味しく食べるようになったのもあなたに出会ってから、一人で全部できていて、ゆりのことをほめたことを最近はなかったけど、あなたと出会ってから、楽しそうにしているゆりを見て、ただ嬉しいかった。だからありがとうって言わせてね」

「そんなこと…ありません。僕も大学生になって一人でご飯を食べて、誰かと食べるご飯というのが美味しいと気づけたのはゆりさんと出会えたからですから」

「そっかー、嬉しいこと言っちゃって。それじゃ、あとはお二人さん、仲良くね。お母さんは帰るからね。それと今度はゆうと君が作ったご飯を食べさせてね」

「は、はい」


そんなことを話して、嵐のように去っていかれた。

えっと、なんといえばいいのだろうか、ゆりさんのお母さんということだったので、もっとクールな人だと思っていたのだけれど、そうではなかったらしい。

それをゆりさんを見て、思っていると、少し苦笑いしている。

僕たちはゆりさんの家に向かって歩きながら話をする。


「ごめんね。お母さん小児科の先生だからおしゃべりで」

「そうなんだ」


少し納得した。

子供と話をしないといけないからそれなりにおしゃべりということだろう。

それにしてもゆりさんのお母さんがあんな考えをしていたとはおもわなかった。


「それでどんな話をしましょうか?」

「えっと、どうなんですかね…」


こういうときに何を話していいかわからない空気感というのがあるのだろうけれど、今が絶賛それだった。

それでもお互いに手を握りあった。

そしてそのまま腕を絡められる。


「温かいね」

「少し暑いけどな」

「そういうことを言わないの…」


そんなことを話ながらも時間は過ぎていく。

少し涼しい夜の街を歩きながらも、僕たちは二つの影をしっかりと作っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る