第9話 お土産と温かさ
少し嫌な、怖い夢を見ていた気がする。
でも起きると、手に温かさがある。
昨日もそうだったのだ。
自分の部屋で寝ているときに寝坊するなんてことはなかった。
ほとんど決まった時間にしっかりと起きることばかりでそれが普通になっていた。
人の温かさがあるだけで寝坊をしてしまうくらいになってしまうとは、自分自身がどれだけ飢えていたのかと思ってしまった。
「お、起きた?おはよう」
「おはようございます」
「どうした、そんなにかしこまって」
「だって…」
「あ、嫌だったか悪い」
「そういうことじゃないよ」
だって、初めて手をつないだっていうのに、その瞬間に覚えていないって、なんだか嫌じゃない。
でも、こういうことを考えてしまうのって乙女脳すぎるのかな?
勉強のしすぎたら、そんなことばかりが羨ましくなっちゃうよって、予備校なんかの友達に言われたのを思い出してしまった。
でも、こういうのって雰囲気が大事だっていうし…
それでも、なんだろう。
起きて隣にいてくれる。
それだけで胸が高鳴ってしまうのは、仕方ないことなのかもしれない。
そんなことを思いながらも、あたしたちは帰る準備を始めた。
※
姉や妹の荒ぶる寝方と違って、ゆっくりと呼吸をうつ彼女を見ているだけで、嬉しくなったり、胸が高まったりするのは惹かれているからだろう。
慌てて手を離したのを、少し名残惜しいと思いながらも、その後はつつがなく帰り支度をする。
今回の目的である田植えも終わったので、まあ目的ではないこともそれなりにできたのではないかと思う。
今日もなぜか妹がついてきていたが、楽しそうに何かを話している。
そして荷物を降ろすときに、これと渡された。
「何これ?」
「お土産」
「雑じゃない?」
「そう?まあ、そのクーラーボックスはそのままあげるから」
「はいはい」
クーラーボックスに入っているのは、野菜やご飯などで、都会は高いだろうからということなんだという。
あとは、これで美味しいものを作れとう無言のプレッシャーということもあるのだろう。
「あとは、これでも食べてな」
「いや、これもなに?」
「最近はやりのやつでしょこれ」
「ハンバーガーが?」
「手作りなんかしたことないから美味しいかはわかんないよ」
「はいはい」
「あと、ゆりさん。またきてね」
「はい。楽しかったので、また来たいです」
「あんたは、泣かせるんじゃないよ」
「わかってるよ」
そんなことを話しながらも、僕たちは電車に乗り込んだ。
さすがに都会に行ってからこのハンバーガーを食べるなんてことはできないとわかっていたので、電車に乗るとすぐにあける。
昨日の焼肉のついでに肉を買っていたのだろう。
パンはマフィンを焼いたものになっている。
中には、ベビーリーフ、トマト二枚、ハンバーグ、チーズ、そしてソースになっている。
男の僕ですら、一口で全部の具材が口の中にはいるのかも怪しい。
ゆりさんはさすがに大きさにびっくりしている。
ただ、なんていえばいいのかおおざっぱながらもしっかりとした味付けがされているのが美味しい。
売っているものよりも大量の野菜が入っているせいというべきか、ハンバーガーというよりもサンドウィッチ感が強くなってしまうのは仕方ないことだろう。
ほら、水筒もともたされた中にはお味噌汁が入っていて、二人でそれぞれ一つずつをしっかりと飲み切る。
そのころには少しずつ建物が高くなったり、電車に乗る人が増えたりして、僕たちは戻っていることを感じるのだった。
ただ、途中から、どちらからともなく手を繋いだのは、二人だけの秘密だった。
少し発展した関係に、照れるように僕たちは電車の外を眺めるのだった。
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