第8話 焼肉と初めての手
初めてのことがいっぱいだった。
えりさんはなんの根拠もないのに日焼け止めを塗ることもなく外に出ようとしているのをとめて、簡単に塗って、あたしも少しの化粧としっかりと日焼け止めを塗って、今日一日は楽しかった。
夕方前には、終わって少しゆっくりしていたら、ゆうとのお母さんが今日は焼肉よと言っていた。
焼肉…
お店でしか食べたことがなかったけれど、今日は初めて外で食べられる。
「どうした?」
「うん、ちょっと暇だから」
「こら、お兄ちゃん。彼女さんを一人にしないの」
「あ、それはすまん。」
「本当に、これでもえりは少し手伝わないといけないの、火起こしするんでしょ、一緒にすれば?」
「そうするよ、ありがとう」
そんな言葉を兄妹でかわす二人に、いいなあと思う。
あたしは一人っ子だから、余計にこういう会話が羨ましく思ってしまう。
そして目の前にはホームセンターでしか見たことがないものが並んでいる。
「これって…」
「ああ、まあ慣れたら簡単だよ」
そんなことをゆうとは言いながら、下から順番に新聞紙、小さな炭を重ねる。
ただ、ここで少し疑問に思ったことを聞いてみた。
「こういうものって薪でするものじゃないの?」
「あー薪はね、ちょっと燃えすぎるのと、大きいのと、値段が高い」
「そうなんだ」
「そうなんだよね。やっぱり焼肉をするってなると、どうしても火力をある程度一定にする必要があるから炭のほうがやりやすいってことかな」
「なるほどだね」
そんな会話をしながらも、流れるように小さな炭に火がついたら、少し大きめの炭をいれて、それに火を移していく。
手際の良さに関心しながらも、その作業を見ていて飽きない。
確かに煙が出て、服ににおいつくのだろう。
それでも初めてのことに対して、それを見ているだけでただ楽しめる、そんな感じだった。
そうして焼肉になる。
お肉はもちろんだったけれど、鶏もも肉を焼いたり、カボチャやいろいろな野菜を焼いたりしているのはいつもと違う。
お店では焼野菜は確かにあるけれど、こんなに種類なんかなかった。
それにシイタケなんかのキノコも焼いてあるので、思わず豪華と呟いていたくらいだった。
「そんなことないわよ。ほら、いろいろ安くしたいから、お野菜のほうがいいってだけよ」
「そ、そうなんですか」
都会ではほぼお肉という感じだったのに、違うということに驚いた。
そうして焼肉のたれというのでも、またえりさんとゆうとが何かを言い争っている。
どうやら、ゆうとはワサビ塩、えりさんは焼肉のたれのブレンドということだ。
わさびのよさがわからないとはお子ちゃま舌がと言っていたが、すぐにあたしも焼肉のたれだということに気づくと、ごめんと謝ってきた。
でも、それがなんとなく嬉しくて笑ってしまう。
美味しくやけるお肉。
シイタケなんかはバターと醤油をかけて、それだけで焼けるにおいが香ばしくなって食欲をそそる。
サラダというよりも焼野菜を中心に食べていく。
そうこうしているうちに時間は過ぎていく。
締めとして焼きおにぎりが始まった。
※
僕は白ご飯で作られているおにぎりを網の上にのせていく。
「まあ、まずは焼かないとな」
「どうして?最初につけるんじゃないの?」
「そうすると、網にご飯粒がくっつくんだよ」
「そうなんだ」
「そうそう、焼くことでひっつきにくくなるんだよね」
そうなのだ。
結構な確率でご飯粒がくっついてあれっとなるのは最初にしっかりと表面を焼いて、水分を飛ばしていないからになってしまう。
確かにこれをしてしまえば、次に醤油につけたときに醤油がつきにくいという欠点もあるけれど、焼肉という場合には焼肉のたれをつけるという技もあったり、もっと簡単なものであれば両面を焼いた後に、浸けるのではなくてたらす。
そうすることで表面からしっかりと中に浸透していくというものだ。
完成した焼きおにぎりを食べていく。
しっかりと焼いたおかげということもあり、おこげが美味しい。
そうして締めもしっかりと食べ終えた僕たちは昨日とは違う眠りかたになっていた。
それは、えりとゆりさん、そして僕という三人で寝るというものだ。
「どうしてお前がいんだよ」
「まあまあ」
そんなことで悪態をつきながらも、僕たちは夜中まで話をして、そして眠りにつく。
僕の部屋に二人で来ていたから、ベッドと布団という高さが違うところで寝ることになっていた。
久しぶりに食べすぎたせいか、少しトイレに起きた。
部屋に戻るとゆりさんの顔が少し険しくなっている。
「…」
何かを言いたいように口がパクパクと動くが聞き取ることはできない。
ただ、その表情が和らぐようにと手を伸ばす。
柔らかい手を握った僕は、その表情が少しでも柔らかくなるまで起きていたのだった。
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