第6話 女子会と卵焼き

「えーっと、本当にいいのかな?」

「だって、もしゆりさんたちがその、しちゃうとね。こっちが恥ずかしくなったりするっていうか…」

「えっと、するっていうのは?」

「ううん?ま、まさかしていないの?まあえりもしたことないから、わかんないけど…」


何かを小さな声で言ったような気もしたが、気にしないでおく。

まだ付き合って時間もたっていないのだから、かえって同じ部屋じゃないのはよかったことだと逆に少し感謝しているくらいだった。

それにしても、妹さんであるえりさんと、眠ることになったあたしは、驚いていた。

本当にこの家は広いのだということにだった。

えりさんがいる部屋が二階で、逆にゆうとが寝ている部屋は一階の逆の端になることから、かなり大きいことがわかるし、部屋数を聞いたときには十三部屋くらいあるらしいのだ。

部屋にきて、すぐに寝る。

ということにはならなかった。

まあ、それはそうだろうなと少し思っていた。


「ねえ、ゆりさん。どうしてお兄ちゃんと付き合ったの?」

「それは優しいからかな」

「そっか…どんなところが好きなの?」

「それは…」


まず、いただきますって言って美味しそうに人のご飯を食べているところとか?

それとも、今日もだったけどあたしが食べているのをニコニコと嬉しそうに見ていたところとか?

はたまた、実は少しだけ歩くのが疲れてほんの少し足が靴擦れになりそうになっていたのを見抜いていたのか、ばんそうこうを渡してくれたこととか?

わ、わかんない。

どれを言えば正解なのかはあたしにはわからない。

そんなことを思っていると、えりさんは笑う。


「まあ、お兄ちゃんが好きってことはなんとなくわかったよ」

「そ、そうかな?」

「うん、すごく幸せそうな顔してるから」

「わかるの?」

「まあねえ、こう見えてもあのお兄ちゃんの上にさ、三歳上のお姉ちゃんがいるんだけど、もう結婚して家を出たんだけど、彼氏さんの話をするときにすごくにやけていたんだよね。そんな感じかな」

「え…」


思わず頬を触る。

ただ、自分ではわからなかった。

それでも、たぶん表情が柔らかくなったというのは本当のことなんだろう。

付き合ってから思う。

こう見えても医者の両親に恥じないようにと勉強をして、実際に学部はゆうとと違う。

あたしは勉強をして、そして親と同じように医者になって…

それが漠然と幸せになれる最短なんだということだと思っていた。

でも、そもそもご飯を美味しく食べるということがこれほど大事ということを知らなくて、それが幸せに少しでもつながることなんだということに気づいてなくて…

でもゆうとといると、それが幸せなんだとなんとなくわかって、それであたし自身も何か見方が変わったのかなって思ってしまった。

だから、口から言葉がでる。


「あのね、あたしはゆうとと出会ってよかったよ」

「ふふふ、なんだかえりがゆりさんと結婚するみたいになってるよ」

「そ、そんなつもりじゃなくて…」

「わかってる。でもなんだろう。お兄ちゃんずるいって思ったよ」

「ど、どうして?」

「こんなに可愛い人に惚れられてるってことに」

「そんなことないけどなあ」

「あるよー」


そんなことを話しながらも夜は更けていった。

その後に寝る前に結局下に布団を敷いてもらっていたのだけれど、天井を見ると、天井の模様がお化けに見えてしまって怖くなってしまって、気づけばえりさんと一緒に下に布団を敷いて寝てしまっていた。



「おーい、朝ごはんだぞ」


そんな声が遠くから聞こえる。

なんだか温かく感じて布団から出たくないように感じたけれど、少しの間に頭が覚醒していく。

そういえば、ここはと…

あたしは飛び起きるようにして、顔をあげた。

よかったことに隣で寝ていたえりさんはまだ寝ていて、少し寝ぐせを直しながら、えりさんを起こす。


「あ、おはようございます」

「お、おはようございます。」


寝起きながらもすぐに挨拶されるその感覚に少し嬉しさを感じながらも、寝ぼけまなこで頭を少しかくえりさんが完全に起きるのを待つ。

そして、すぐに覚醒したのか…

服を完璧に直してから立ち上がった。


「あー、お兄ちゃんのお嫁さんに、恥ずかしい姿を見せてしまった」

「お、お嫁さんじゃないよ」

「えー…あ!今何時ですか?」

「八時…かな」

「あー…ゆっくり下におりましょうか」


確かに前日にゆうとさんからは七時には起きるようにとえりさんは言われていたので、それでなのだろう。

同じく寝坊したあたしも同罪なので、謝ろう。

そんなことを思いながらも、えりさんに続いてみんながいる台所に向かった。


「おはよー」

「おはようございます」

「はい、おはよう。ゆりさんは朝ごはん食べれる?」

「はい、食べれます」

「お兄ちゃん、卵焼き」

「おい、寝坊しておいて、それはないだろう」

「ご、ごめんなさい」

「いや、ゆりさんが謝らないでください」

「でも、あたしも夜中まで一緒におしゃべりが楽しかったので」

「そうだぞ、お姉さんをいじめるな」

「おい、いつからお前のお姉さんになったんだ、ゆりさんに失礼だろ」

「いえ、あたしは…その嬉しいですから」

「そ、そっか」

「ええ」


少しの沈黙が流れる。

ただ、すぐにそれは終わりを迎えた。


「くう、わたしももう少し若かったらねえ」

「本当に、えりたちは何を見せられているんだろうね」


そんなことを言われながらも、照れながら、あたしは席についた。



妹のリクエストにのっかってやるのは尺ではあったが、まだ卵焼きをゆりさんに作ったことがなかった僕は作ることにした。

お味噌汁なんかは、母親がささっと作ってくれたので、それを入れればいいだけなので、卵焼きだけだ。

自分も食べるということを考えて、今回は多いけれど、四つ卵を使うことにする。

まずは卵を割って器にいれる。

片手でやるなんて、動画などで格好よくやっている人が多くいるが、僕はそんなにうまくはないので両手だ。

思えば、卵料理というのが、料理をするうえで最初に作ったものだった。

特に卵焼きは何回も作るものだった。

これは母親が、朝ごはんぐらい自分で作りなさいと言ったからだった。


というのも、子供のころというか今でもそうだけど、三人兄妹だったこともあって、仕事もしていたということもあって、朝お弁当を作らないといけない。

だから朝ごはんは自分でつくるというものだったのだ。

といっても、お味噌汁はいつも作ってくれていたので、ご飯にあわせるものを作るというだけでよかったので、最初はウインナーを焼いたり、目玉焼きを作ったりというものだった。

そして、次に作るものとなるのが卵焼きだった。


卵焼き。

何回も作っているからこそ、特に作り方というべきか、味付けで本当に個性がでる食べ物だと思っている。

それに家庭の味もかなり違っている。

まずは溶いた卵に塩コショウをふり、さらに醤油を入れる。

うちは醤油派だった。

卵焼きといえば、簡単に甘いかしょっぱいで作り方がありうちはしょっぱいものがずっと母親のお弁当や、小さいころに食べたときの味付けだったので、自然と自分たちもそうなったのだ。

卵焼き用のフライパンを熱し、油をひく。

卵を少したらし、ぶくぶくと固まるくらいの勢いになれば卵を流す。

じゅうっと音がして、卵が焼ける。

膨れている箇所を箸で壊しながら、端が固まってきたら、奥から手前に返していく。

返す時に、箸をしっかりと開いておくことでよく起こるきれいに巻けないということも少し減らせる。

それを三回ほど繰り返し、あいたスペースに少しの油をひき、再度卵を流す。

同じく三回繰り返して、両面をひっくり返して焼いて完成した。

それを三人で食べることを考えて、もう一つ作る。

あとはささっとお皿の上で切って完成した。

横にマヨネーズを少し絞ってと…


「ほいよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ほいほい、そんじゃ」

「「「いただきます」」」


三人の声がこだまする。

母親は先に洗面所へと消えていったので、この三人で食べることになった。

いつも通りの味付けを堪能する。

少し塩っ気のある味がしっかりと食欲をそそり、ご飯が進む。

そして、少し味の変化をつけたいときにはマヨネーズをつけることで、簡単に味変もできるのでいい。

自分の中でもスタンダードな卵焼きという味だ。

卵焼きには甘いものやだしを利かしたもの、そして中に具材を挟んだものなどいろんな味付けや作り方ができるので、またそんなものをつくれたらなと思いながらも、僕たちはその味に舌鼓をうった。

会話の種をはかせながら…

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