第4話 いつもと同じ、でも違う外食

憂鬱になる。

今日は月に一回の外食の日だった。

医者として忙しく過ごしている両親との約束で外で一緒に食事をする。

それが今日だった。

今日はつまらない食事になるかな…

そんなことばかりを考える。

ゆうとと出会ったもご飯を美味しく食べるところを見たからだった。


「いただきます」


そんな声が食堂に聞こえた。

あたしは食堂でご飯を食べていたときに…そもそもご飯を食べるときに、その言葉を言ったのはいつまでだっただろう。

そんなことを考えてしまうくらいには、はっとさせらる言葉だった。

気づけばその人のことを目で追い、そして告白をしていた。

付き合うことになってまだ一緒にご飯を食べることに成功したのは数回といえ、それでも一緒にいただきます。

ごちそうさまと言えるのが、嬉しいことだということに気づいたのは、ゆうとのことを好きになったからだろう。


だから、ご飯に行くのなら、一緒にご飯を食べるのならゆうとと一緒に行きたかったと思うのは自然のことだった。

また、嫌といえば、いいかはわからないけれど、お母さんしか予定があわず、今回は二人っきりの食事になってしまった。


いつもの食事をするレストランに入る。

食事をくるまでは当たり障りのない話ばかりをする。

代わり映えしないもの…

でも、それは自然にでていた。

料理が運ばれてくると、すぐに両手を合わせて、口にする。


「いただきます」


言葉にしてから気づく。

ここがいつもの場所でないことに…

顔が熱くなることに気づく。

そしてお母さんに何か言われるだろうと思っていた、それも嫌なことを…

そう思っていたが、違った。

驚いたような表情は確かに見せたが、すぐにどこか嬉しそうな表情になる。

わけがわからず、ご飯を食べることに集中する。

出されたものには頼んだ自分が食べきれるようなものを頼もう。

そんなことを外食するときにはどうするのかを聞いたときには答えてくれたのを思い出して、運ばれてきたものはすべて食べた。

いつもより少しお腹がいっぱいになったけれど、食事を下げる際に見えるウエイトレスさんの少し嬉しそうな表情を見ると、心地よいお腹の満たされかただと感じた。


そうして、ご飯を食べ終えると、ごちそうさまと声にだすのはさすがに恥ずかしくて、口パクで言葉にする。

レストランを出て、お母さんの車に乗り込む。

実は言わないといけないことがあったあたしは、どのタイミングで言おうかと考えていたときだった。

先にお母さんが話かけてくる。


「ねえ…何かいいことあった?」

「何って、別に…」

「うそでしょ、あなたがいただきます、ごちそうさまなんて言ったことがあるのは本当に子どものときくらいだったのに、今の食事中で急に言うようになったのよ…」

「それは…」

「お、男なのね!」

「あー、もうそうよ、悪い?」


だって、いただきます。

ごちそうさまというのがゆうとといれば普通だったし、逆に言わないほうが落ち着かないというか、隣にいるときに目立ってしまいそうで、それにそうやって食べて、食堂で、食器を返しに行ったときにごちそうさまと言葉をかけると、食堂の人から、いつもよく食べたかいやおいしかったかいと声をかけてもらえるのも嬉しかった。

だから癖になっているってことが悪いのだろうか?

そんなふうにつっかかるように言葉をかけると、お母さんはこちらに目を合わせることもなく口を開く。


「そ、そのよかったって」

「!」

「な、なによ」

「お、お母さん熱でもあるの?」

「ないわよ、失礼ね」


そんなことを心配するくらいには、驚く言葉だったのだ。

よかったなんてことを言われたことがほとんどなかったから余計にだろう。

今通っている大学に受かったときも、こんなふうに本当に嬉しそうにというべきか、照れくさそうによかったと言われたことなんかなかった。

たぶん、本当にゆうとと付き合うことでできたことなんだと思うと、あたし自身も照れくさくなってきた。

今ならいえそう。

そこであたしは今日言いたかったことを口にする。


「あのね、お母さん。」

「なあに?」

「その彼氏とお泊りに行っていいかな?」

「そうね…ダメって普通なら言いたいけど、今のあなたをみている限り、その人と一緒であれば安心できるってものね…」

「ありがとう、お母さん」

「いいのよ…でも、また連れてくるのよ」

「わかってる」


そうして、いつもと変わり映えしないはずの食事は終わった。

帰る途中には、どこに行くのかと根掘り葉掘り聞かれて答えていると、田植えと聞いて、お母さんも行きたいと言われたときには、再度数秒驚きで固まったほどだった。

でも、こうして他愛のない話で盛り上がれる時間はいつ以来かわからなくて、あたしはその夜、おやすみなさいと口にするまで、久しぶりにお母さんと話し込んだのだった。

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