後編 王視点
戦場。人が命を奪い合い、血で血を洗う。地獄。今、私はその地に立っている。
私の名は王。この戦の指揮を任せられた者。
兵士は私に命を預け、私の、国の剣として戦う、無責任な指示は出来ない。
「王様。此度あなた様の補助を任せられた、金将と申します」
「うん、よろしく」
「王様のお噂はかねがね。とても聡明でいらっしゃると」
「そんなことないよ」
……照れるなあ。ウへヘ。
「この命、王様のために捧げます」
「ん。ありがとう」
さて。あんまり長話もしていられない。そろそろ開戦だね。
ボワアアアアアア。
ワアアアアアアア!
地面が触れ動くほどのほら貝の重低音とともに、兵士たちが叫び声をあげる。
「さて、相手が先手。どんな手が来るかな。……え?」
相手が動かしたのは歩兵。それはいい。将棋は歩兵を動かすことから始まるものだから。でも……。
「お、王様。相手が4筋の歩を前進させました。あ、あれは一体どういう……」
狼狽する金将。それもそのはず。いきなり4筋の歩兵を前進させるなんて、今まで見たことがないんだから。
「……意味はよく分からないね。でも、ここで焦っちゃ相手の思うつぼ。いつも通りで行くよ」
「わ、分かりました」
「3筋の歩兵を前進!」
狙いは、こちらの角行の機動力を上げること。角行は、斜めにいくらでも動くことができるのだ。
こちらの手を見て、相手は4筋の歩兵をさらに前進させる。狙いは、飛車を4筋に移動させ、一気に攻めることだろうか。でも、それなら、こっちの攻めの方が早い。
「8筋の歩兵を前進!」
こちらが得意とするのは、相手の角行の頭を狙う居飛車。単純だが、破壊力は抜群。私は、これまで、この居飛車でいくつもの勝負に勝利してきた。今回もこれで……
相手が5筋の歩兵を移動させる手を見て、私はさらに8筋の歩兵を前進させる。
さあ、もう少しでこちらの攻めが炸裂する。普通なら、角行の頭を守る一手を指すのだろうけど……。
「お、王様……これは……」
「……どうぞ、攻めてくださいってことね」
相手は、6筋の歩兵を前進させる一手。もうわけがわからない。罠? いや、でも……。
「王様。罠の可能性があります。ここは一旦……」
「……いや、攻めよう」
「しかし!」
「ここで攻めないと、後で何があるか分からないよ。ただでさえ、相手のやっていることが分かってないんだから」
歩兵さん、ごめん。
「8筋の歩兵を相手の歩兵にぶつけて! 一気に畳み掛けるよ!」
私の歩兵と相手の歩兵が衝突する。私の歩兵は、相手の歩兵に討ち取られてしまう。
「飛車さん!」
「王様。お任せを!」
声をあげたのは私の飛車。飛車は、上下左右に何マスでも動くことのできる攻めの要。勢いそのまま、飛車は、相手の歩兵を討ち取る。
さあ、これで、角行の頭は丸裸。後は、さっき討ち取った歩兵を角行の頭に配置できればいいんだけど……。
「……王様、相手は焦っていると見えますね」
相手が4筋の歩兵をこちらの歩兵にぶつけるのを見て、金将がそう告げる。
「確かにね……」
ぶつけられた歩兵を討ち取りながら答える。
相手は、こちらの飛車の前に歩兵を打つ。それを難なく取り返す飛車。次の瞬間、飛車の姿がみるみる変化していき……。
「王様! 私、進化して竜になりました!」
「うん。頼りにしてるよ」
「はい!」
竜は、飛車が相手陣地に入ることでできる進化体。通常、飛車は斜めに動くことはできない。だが、竜なら、斜めに一マスだけ動くことができるようになるのだ。
これでこちらの優位は確定。あとは、どうやって角行を捕まえていくか。今、角行を竜で捕まえても、逆に、竜が相手の飛車や銀将で討ち取られてしまう。それでは意味が……。
「…………ん?」
「…………ん?」
私と金将の声が重なる。それもそのはず。相手が放った一手が、銀将を6筋に移動する一手だったからだ。これで、竜で角を取っても問題がなくなった。
「……金将さん」
「……何でしょうか?」
「……私、決めたよ」
「……何をですか?」
「…………」
「…………」
「絶対に負けない。…………ゼッタイニ」
私の横から、「ヒエッ」と怯える声。
今、私はどんな表情をしているのだろうか。おそらく、とんでもなく険しい顔になっているに違いない。
相手が銀将を動かす間に、私の竜は、角行、桂馬、香車を次々と捕獲していく。相手は、おそらくすることがなくて困ったのだろう。手をつけていなかった1筋の歩を前進させた。
「王様。どんどん攻めていきましょう!」
「……いや、ここはあえて守るよ」
「ど、どうしてですか? 我が軍の要である竜は、すでに相手の駒を何人も捕えています。このままの勢いで……」
困惑する表情を浮かべる金将。
まあ、金将の意見も分かる。でも……。
「確かに、このまま攻め続けても問題ないよ。でも、大事なのは、用心に用心を重ねること。勝負っていうのは、こちらの調子がいい時ほど足をすくわれる。だから、ここは守るんだ」
「な、なるほど……」
ここで最適な守り。それは、将棋指しなら誰もが知っているあの囲いだ。
「金将、銀将を連結! 美濃囲いを構成!」
相手が手をこまねいている間に、6筋にあった金将を自分の前へ。3筋にあった銀将を一歩前へ前進させる。
……というか、いつの間にか相手の桂馬が跳ねてきてる。まあ、怖くないけど。
金将、銀将が動くことによってできた道。私は、そこを一歩ずつ進み、3筋へ移動する。連結の美しい囲い。美濃囲いの完成だ。
さて……。
私は、駒台に視線を向ける。そこには、捕らえた相手の駒たち。彼らは、相手の玉将への不平不満を漏らし続けていた。
「諸君!」
「な、なんだ! 捕らえた挙句、こんな所に閉じ込めて! 殺すなら早くしてくれ!」
「「そうだ、そうだ!」」
「……復讐したくない?」
「……え?」
彼らの目が点になる。私は、優しい微笑みを作りながら、彼らに語り掛けた。
「君たちがここにいるのはどうして?」
「そりゃ、あんたたちのせいで……」
「違うでしょ。あなたたちが仕えてた玉将のせいでしょ」
「な、何を言って……」
「私が嘘を言っているのかな? 特に角行さん。あなたは、見捨てられたんだよ」
「…………!」
ピシッと固まる角行。狼狽する彼ら。
「いいの? このままで」
「…………」
「私に寝返れば、相手の玉将に復讐できるよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……分かった」
「歩兵を八筋に! 次に相手がどんな手で来たとしても、歩兵をと金に進化させて! 絶対に、プレッシャーになるから!」
「香車を4筋へ。逃げ道をなくしていくよ!」
私は、捕らえた相手の駒たちを、次々に盤上へ。彼らの表情は、とても歪んでいた。おそらく、自分たちを見殺しにした玉将への恨みが頂点に達しているのだろう。
「王様。いつの間にか、敵の桂馬が進行しています」
突然響く金将の声。見ると、一筋に相手の桂馬がやってきている。だけど、そんなの今は関係ない。
「角行をと金の後ろへ! 一気に攻める!」
角行を、先ほど歩兵から進化したと金の後ろに配置する。さあ、これで勝負が決する。
相手は、まずいと思ったに違いない。こちらが打った香車の頭に歩兵を打つ。これで、香車の動きは制限された。でも……。
「角行さん! 金将を討ち取って!」
「は!」
角行が相手の金将を討ち取る。その瞬間、角行が進化し馬となった。馬は、角行とは異なり、上下左右に一マスずつ動けるのだ。
たまらず、相手の玉将が斜めに逃亡する。
ふふふ……。
「ねえ、金将さん」
私は、先ほど同様、優しい微笑みを作りながら、先ほど捕らえられた金将に語り掛けた。
「……なんだ」
「あなた、あんな玉将の横にいてどうだった?」
「どうって……」
「あんなハチャメチャな指示を出す玉将、将としての価値はあるのかな?」
「…………」
「あなたも、苦労したでしょ」
その言葉に、金将の顔がぐにゃりと歪む。
「大変だったね」
あと一息。畳み掛ける私。
「うう……」
「もう、我慢しなくていいんだよ」
「ううう……」
「さあ、一緒に行こう」
「うううううう」
その唸り声が収まった時、私は、金将を玉将の頭に打ち下ろした。
『詰み!あなたの勝利です!』
そう画面に文字が表示された。
「ふう。疲れ……なかったな。もう一局やろう」
私は、PC画面を見つめながら、新しい相手を探し始めた。
無能将軍と有能将軍 文虫 @sannashi
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