無能将軍と有能将軍

文虫

前編 玉視点

 戦場、人が命を奪い合い、血で血を洗う、地獄、俺は初めてその地に立っている。

我が名は玉、この戦の指揮を任せられた者である。


 兵士は俺に命を預け、俺の、国の剣として戦う、無責任な指示は出来ない。


「玉様、此度あなた様の補助を任せられた、金と申します」


「ああ、よろしく頼む」


「我が国と隣国との戦いにはしきたりがございます。それは地面を横9マス、縦9マスの升目として考え、互いに一手ずつ兵を動かす、というものです」


「ほう、一風変わったしきたりだな」


「兵士によって動かし方が異なります。1番多い『歩兵』という兵士たちは、数が多いため機動力がなく、1歩ずつしか全身できません」


「なるほど?他の兵士たちはどうなんだ?」


「それは戦いながら知ってください」


「は?」


「戦いの狼煙をあげよ!開戦だ!」


 ボワアアアアアア。


 ワアアアアアアア!


 地面が触れ動くほどのほら貝の重低音とともに、兵士たちが叫び声をあげる。


「ええい!ままよ、かかってこい!」


「玉様!先手を譲られたようです!」


 えっどどどっどうしよう。


 えーっと俺、相手共に縦3列で同じ陣形をとっているようだ。

 あーっととりあえず、最前列は歩兵で固めてるから、まず歩兵を動かすのだろう。戦は進軍あるのみぞ。


「歩兵を進軍させよ!」


 右から4番目の歩兵たちを一マス分前進させる。

俺の前方の歩兵を動かすのはなんか違うかなって思ったためだ。


 その直後、相手も歩兵を一マス動かした。

 ただし、俺が動かした歩兵の右隣、こちらから見て右から3番目の歩兵だ。


 あれには、どういった狙いが……。


「玉様!我が軍の番です!」


「あ、ああ」


 そうだな、よく分からんが、歩兵は後退できないらしい。勇ましい限りだ。

であれば進軍あるのみ、私は号令をかける。


「先ほどの歩兵たちを再度進軍!」


 2マス分進んだ歩兵たち、もはや敵は目と鼻の先だ。もう2度進軍させれば、相手の歩兵隊の1つを潰せる。


「玉様!隣国の順番の際攻撃されたら、兵士は降伏し、相手の軍門に下ることになっています」


「あ?よく分からんぞ」


「つまり!あの歩兵をもう1マス進軍させて、相手に順番を譲ると、相手の歩兵に飲み込まれてしまうということです!」


「なに?我が軍はそんなに貧弱ではない!」


「いえ!そういうルールなのです!」


 くそっレベルアップとかないのかよ!

つまり下手に進軍して相手の移動先にいては、こちらの戦力が減るということか。


 相手はしばらく考えたあと、こちらから見て左から2番目の歩兵を進軍させた。


 あの進軍の意味は……あー俺の番だ!

 おああああああ分からん!


「我の前にいる歩兵たちよ!先陣をきった勇敢な歩兵たちを援護しに行け!」


 どうすればいいのか分からなくなった俺は、とりあえず歩兵固める作戦にでる。

相手は先ほどの左から2番目の歩兵を再度進軍させた。


 とりあえず歩兵固める作戦に出た俺は、左から4番目に位置する歩兵たちを進軍させる。

相手は3回連続で、左から2番目の歩兵を進軍させた。


 それにより、相手の歩兵は、俺の歩兵の1マス前に陣取っている。


「へ?」


 これはさっき指揮補助が言っていた状況ではないか。

俺が左から2番目の歩兵を1マス進軍させれば、相手の歩兵を頂けるではないか!


「ははははは!トチ狂ったか!左から2番目の歩兵たち!進軍して敵歩兵を討ち取れ!」


 やっとの出番だと歩兵たちは相手の隊を飲み込み、俺の戦力に歩兵が加えられる。

さらにこれを次の番で配置して戦力増強だ。


「歩兵は一列につき、1隊しか配置させることはできません。今玉様の歩兵は全員生き残っているので、まだ出すことはできません」


 あっそうなんだ。

しかしまあ、これで俺は優勢!勝利は間違いなしだ!


「ギャアアアアアア!」


「玉様!我が軍の歩兵が討ち取られました!」


「なにっ!?相手には我が軍を討ち取れる歩兵なぞ……」


 討ち取られたのは、さっき俺が進軍させた左から2番目の歩兵隊、一体何が……。

私が確認しようと左を見ると、倒れる歩兵たちの真ん中に1つの影があった。


「一騎……だと……」


 それは、馬にまたがった一騎の兵士。


「あれは『飛車』です!前方、左方、右方に対し、凄まじい機動力を誇る兵士です!」


「まさか……あやつを動かすためにわざと歩兵を……?」


 今ので分かった。敵は知将だ。この戦に慣れている。ちゃんと考えて行動せねば!


「こちらにも機動力のある兵士はいる!今相手の飛車の2マス前にいる我が軍の兵士、『角行』敵の飛車を討ち取れ!」


「…………」


「角行……?なにをしている!角行!」


「玉様!角行は斜めのマスに対して機動力を誇る兵士です!前方に進むことはできません!」


「なにいいぃぃ!」


 まずい!歩兵たちは前にしか進むことができない!俺の左隣にいる金将軍もその隣にいる銀将軍も飛車を討ち取れない!

角行がやられるとその次に桂馬がやられてしまう!


「……いや待て、敵の飛車が角行を討ち取れば、その6マス右に我が軍の飛車がいる。角行を犠牲に飛車を討ち取れるのではないか?」


 そうだ!ここはあえて待つことで相手にも被害を与えよう、それがいい。

 そして相手は角行をとるはずだ。ならばその隙に俺が最初に進軍させた右から4マス目の歩兵を再度進軍させる。


 ケッケッケッこの番で相手は角行をとり、俺は飛車を討ち取る。その次のターン相手は俺の歩兵を動かさざるを得ないはずだ。その隙に体制を整えるとしよう。


 相手はこちらから見て右から4マス目の歩兵を進軍させ、俺の歩兵を討ち取った。


「ああああああああああああ」


 そりゃそうだ!そりゃそうだ!

 角行が取れるのはほぼ確定なのだから、不安要素である歩兵をまず討つに決まってる!


「くそっ!くそっ!」


 どうする、どうする、どうする。

 待て、金将軍が歩兵は1列につき1隊と言っていたな、今敵の飛車と俺の角行の間には1マスの空きがある。


 前横ならどこまでもいける飛車には関係のない話だが、俺にはこれがある。


「角行の前に歩兵を展開!何としてでも飛車を討ち取れ!やれ!」


 敵の飛車は1マス進軍し、歩兵を蹴散らす。

 これで角行の1マス前に飛車が陣取ることになった。


「なにをやってる!相手は1騎だぞ!この無能どもが!」


「玉様……敵飛車の様子が……」


「なんだ……あれは……」


 そこにいたのは、赤く鎧を染め、神話の生物にまたがった兵士『竜』だった。


「竜!?竜だと!なんだ!一体あれはどうやって動く!」


「すみません!分かりません!」


「なんだ分からないって!ふざけるな!」


 どうやって動くか分からない以上、俺が討ち取られる可能性がある。俺を守る兵士を、配置せねば……。

角行は捨てる!


「銀将軍!俺を守るため金将軍の前に歩を進めよ!」


「玉様!それをしては……」


「やかましい!お前が竜の行動を予測できぬのが悪い!」


 金将軍がごちゃごちゃ言ってくる。

 だがこれで銀将軍が俺の左斜め前に来て、竜がこちらへ来たとしても討ち取ることができる。


「ふは、はははどうする?竜よ」


 竜は1マス歩を進め、角行を討った。


「ははははは!そこに来ては危ないぞ、飛車!竜を討ち取れ!」


「…………」


 飛車が動かない。動かせない。何故なら。


「しまっ……た」


 俺が俺を守るために前へ進めた銀将軍が、飛車の行く手を遮っていたからだ。

しまった!俺を守ることに必死で忘れていた。


 くそっ!くそっ!


「どうして早く言わない!」


「……申し訳、ございません」


「桂馬!竜を討て!香車!」


「……」


「……」


 うんともすんとも言わない、2騎とも、行動先が塞がれているのか。


「この無能どもが……!銀!いつまでそこにいるつもりだ!どけ!」


 俺は銀将軍を1マス前進させ、飛車の通り道を作る。

 しかし竜はそれを察知し前進、桂馬を討った。

次は自分だと分かっているはずなのに、香車は動こうとしない。


「銀将軍!香車を囮にして竜を討て!なんとしてでもだ!」


 俺は銀将軍を竜の右斜め前に配置する。


「はっ……これが敵の将か」


 竜は香車を討ち取るために近づくが、香車は戦うことすらせず、竜に頭を下げ去っていった。


銀将軍は、斜め1マスしか動くことができない兵士のようで、どうやっても竜を討つことはできない。


「1騎だぞ!たった1騎になにをやっている!銀将軍!金将軍!竜を討て!今すぐにだ!」


「玉様お待ちください!今竜は角に追い詰めています。どう動くか分からない以上、放っておくのが最善と考えます!」


「あんなに仲間がやられてそんなことを言うのか!この恥さらしめが!」


「落ち着いてお考え下さい!あれを下手に動かす方がはるかに危険です!」


「ぐっ……ぐうぅぅ」


 左の軍は竜によって壊滅状態、ここはなんとか右から攻めいる手段を……。


「右端の歩兵を進軍……体制を整えろ」


 敵将は、敵金将軍を自身の1マス前に配置。

 竜は動かず……か。


「玉将軍!」


「な、なんだ」


 話しかけてきたのは、右に配置していた桂馬、相方がやられたというのに元気そうだ。


「俺、動けます」


 桂馬は2マス前方の右か左に移動する能力があるようだ。


 へー桂馬ってそうやって動くのか。

 随分奇天烈な進軍の仕方だな、まるで忍者だ。


 1手前に右端の歩兵を動かしたことで桂馬の移動先を作ることができたのか!


「いい意気込みだ!桂馬!進軍せよ!」


「はっ!」


 桂馬は先ほどまで歩兵がいた右端の位置に陣取る。これでなんとか形勢を……好転させれれば……。


 相手は敵銀将軍を1マス前進させた。

自身の周りを固めているのか?


 分からんが、とにかく桂馬に未来を託す。


「桂馬!そのまま進軍!」


 桂馬は2マス前に移動し、左に1歩ずれる。

 よし!このすばやい動きには相手もついてこれまい。


 敵将が、動いた!

 先ほど前方に移動させていた敵銀将軍の隣へ移動、これで敵将は、右に敵金将軍、左に敵銀将軍、後ろに敵金将軍、という一部の隙も見当たらない完璧防御陣形となった。


 ふん!王が動くとはな!王とは指示を出し、ただ戦場を見下ろすのみぞ!

しかし相手が防御に時間を割いているなら、こちらも防御に専念しようではないか。


 銀将軍を、俺の2マス先の左隣へと移動させる。

相手はまた将軍が移動、今度は敵銀将軍の後ろへと移動した。


 その間に俺は銀将軍を自分の1マス前へと移動、こちらも防御は完璧だ。


 すると相手は突然攻めに以降、こちらの陣地に歩兵を配置、正確に言うと、手前から3マス、左から2マスの場所に配置された。

 これは歩兵の初期位置であり、俺の歩兵2隊に挟まれているが、歩兵は前にしか進めないためどうしようもできない。


 どうする!いや!歩兵程度なんとでもできる!捕まえた捕虜どもを使って……。


「玉様、捕虜はもう……」


 いない……さっき時間稼ぎに使ったのが最後……。


「なっならば無視だ!無視!右端の歩兵!再度進軍せよ!」


 右端の歩兵が1マス進み、桂馬と並ぶ。

 右だ!とにかく右を攻めろ!


 すると先ほど自陣に侵入してきた歩兵が1マス前進した。


「ふんっ前に進むだけの歩兵に!なにができる!」


「いや……玉様……」


「なんだ!……と……」


 俺は金将軍が指差す方向を見ると、赤色に染まった鎧を着た歩兵がいた。


「『と』……だと?」


 さっきからあの赤鎧はなんだ!いくら歩兵とはいえ放っておくわけには、いかない……。


「銀将軍!邪魔だ!飛車が通る道を開けよ!」


 俺は銀将軍を1マス前方へ移動させた。


 相手はそんなことをものともせず、俺の右隣にいる金将軍の前方に先ほど討たれた裏切り者の香車を配置、右金将軍から見て4マス先に陣取っている。


 赤鎧の歩兵がどうなってもいいというのか?


「ならば飛車よ!赤鎧の歩兵を討ち……いや!」


 俺が討ち取らんとする赤鎧の歩兵を見据えると、その先に鋭い眼光でこちらを見る竜がいた。そのまま飛車を進ませると、竜の餌食になるのではないか?

 ……また、またお前か!お前さえ、お前さえいなければ!


「もういい!桂馬よ!2マス前の右隣へ進み、歩兵を討ち取れ!」


「玉様!?そっちでは……」


「うるさいうるさいうるさい!さっさと従え!」


 桂馬は右端の敵歩兵を討ち取る。これで戦力が1つ増えた。これでいい……これで……。


 次に相手は、赤鎧の歩兵どもの1マス後ろに裏切り者の角行を配置、角行は確か、斜めに移動だったか。


 まずい!左金将軍が危ない!

 ……いや待て、香車の前に先ほど奪った歩兵を置けば……金将軍を犠牲に香車が奪える!


「玉様!私は一体どう動けば……」


「歩兵を敵香車の前に配置、金将軍を囮に香車を討て」


「え?……ぎょ、玉様?冗談ですよね?」


「はやく配置しろ!」


「玉様!玉様!ぎょくさまぁ!」


 そう叫びながら俺にしがみついてきた金将軍をふり払い、すぐそばまでやってきていた角行に討たれた。俺は目をそらす、隣の敵角行が、赤鎧になっているなんて信じない。


 角行は、角行は斜めにしか移動できないはずだ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 俺は右斜め前に逃げた。逃げた。逃げた。


 まだだ!このまま次の番も逃げて、まだ戦力が残ってる右に移動して体制を……。


「玉様……見損ないましたよ」


 俺が移動したマスの真ん前に、金将軍がいた。


「き、金将軍!助けにきてくれたのか」


 金将軍は、はあとため息をついて私を見下しました。


「馬鹿なんですか?王手ですよ。玉様」


「え?」


 ごみを見るような目で俺を見る金将軍の刀が、頭に振り下ろされる。


『詰み!相手の勝利です!』


 そう画面に文字が表示された。


「ぐあああああ負けたあああ」


 俺は唸りながら椅子にもたれかかる。


「くっそ、駒の動かし方くらい調べとくべきだったか?」


 俺はそういいながら、また新しい対戦相手を探し始めた。

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