第43話 理由

   ~~ 急転 ~~


 ナナリーの町で、朝を迎えた。ザビは寝ぼけ眼で、隣でボクと寝ているフィアをみつけて、ぷりぷりと怒っていたけれど、これは自分が悪い……と改めて思い直したらしい。

 途中で眠ってしまったのだから。

 ルゥナとミズクも、眠っていたので文句はいえない。楽しみたかったら、夜まで体力をもたせないと……と、変な結束が生まれていた。

「私……その……最後まで?」

 ザビも不安だったのだろう。そう尋ねてくる。何しろ、している最中に寝落ちをしてしまい、記憶がすっぽりと抜け落ちている。

「ザビは最後までイッただろう? ボクは置いていかれたけど……」

 その意味が分からなかったのか、ザビは首を傾げている。

 ただこの日、ボクにとって重大なことが起こる。まだ左腕が骨折したままで、食事のときなど、苦労することも多いけれど、いつもはフィアやルゥナに手伝ってもらっていた。

 でも、この日はザビが「私がやる」といって、お皿をもってくれたり、そういった補助的なことをしてくれた。本人ががさつ、というように、慣れていない感じで粗相も多いけれど、一生懸命にボクをサポートしてくれる。正妻の座を自ら掴み取る、という自覚が芽生えたようだ。


 宿屋に、モンクのリクィデーターが訪ねてきた。この辺りでギルドの案内係をしている。かつて、誤った情報を伝えてきた相手で、悪い人間ではなさそうだが、その能力を疑問視していた。

「ここにきている、という話を聞いて、是非とも依頼したいことがあったのだ」

「ギルドを通した仕事?」

「否……。我が寺院のことで、其方に相談したい」

 マスクをするので表情は分からないけれど、深刻そうな声音で説明を始めた。

「寺院内で内部抗争があり、今やまともに修行することもできん。其方にその諍いを止めて欲しいのだ」

「慈善事業でするつもりはないよ」

「勿論、金は払う」

 そういって、金貨をこちらに差し出す。「これは手付。うまくいけば、これと同額を渡す。私もリクィデーターとして、ギルドに属す身だ、約束は守る」

 悪くない金額だが、何だか胡散臭い仕事だ。この世界では、寺院は上座部仏教に近い形式だ。僧侶のみ、修行をして仏の道に近づき、それで衆生を導く。その修行の中に、僧兵としての訓練もあり、冒険者として登録する者がいる。彼もそういう形で、過去に冒険者だったのだ。

 貴族を暗殺する場合は、よほど傭兵でも雇っていない限り、対象は一人。でも今回のように、もめごとを諫めるとなると、対象が嫌でも拡大する。

 しかも、ボクの実力はリクィデーターなら知るところだろう。そのボクに依頼するのだから面倒なことがある、というのと同義だ。

「分かったよ。ただ、仲裁というのは成功かどうか判断しにくい。ダメそうなら諦めるよ」


 ナナリーの町に四人を残して、ボクは町の外れにきた。寺院まで転移魔法をつかって移動するつもりだったが、モンクのリクィデーターが前にでてこない。

「赦せ。これも我が身を案じてのこと」

 ハッとした。背後から何者かが斬りかかってきたからだ。

 ドミネート! 遅かった。というより、近くにいたモンクのリクィデーターに罹ったようだけれど、そもそも相手が何者か? 獣人族やエルフ族だったら、通用する技でもない。

 背中から近づいてきた何者かに袈裟斬りにされ、ボクは意識が遠のいていった。




   ~~ 暗殺の記憶 ~~


「暗殺された……?」

「そういうこと。大体、死ぬときの状況を理解できていないと、短期記憶が長期記憶へと結ばれず、混乱したまま現世を彷徨うことになるんだよねぇ」

 フリフリの衣装をきた、閻魔様的な役目をもつ少女が、そういった。

「誰に殺されたんだろう?」

「それを私が教えるのは、ルール違反じゃない?」

「……じゃあ、質問を変えよう。何でボクは殺されたんだ?」

「恨みを買っていたからでしょ?」

 素っ気なくそう言われ、ボクも暗殺者という職業をしていただけに、何も言えなくなった。

「ボクは……もう彼女たちに会えないのか……」

 全員の顔が、脳裏に浮かんでは消える。ザビは結婚する、といって家に転がり込んできたのに、その望みを叶えてあげられなかった。ミズクも本番をしてあげられていない。ルゥナはどうするのだろう? フィアは……。

 絶望する……。

 でも、どうしてボクはまたここにいる? ここは転生先を振り分ける場だ。それなら……。一縷の望みにかけ、少女を見返した。


「ボクには、チート能力があった。あなたは『ない』と言っていたのに……」

「へぇ~……。そんなものがあったんだ?」

「惚けてもダメですよ。あなたは前も、ボクの人生についてよく知っていた。今回だけ知らなかった、は通用しません」

「ぶ~ッ!」

 子供のように、少女はほっぺたを膨らます。

「ボクが考えたのは、前の人生では体を動かせず、鬱々と時を過ごしていたことで、こちらの世界では相手の体をコントロールする力を得た。人間の悪い部分、それこそ悪口、本音を耳にし続けたことで、人間を嫌悪し、それを何とかしたいと考えていたことが、力の源泉だと……」

 少女はぷいっと横を向いてしまった。

「気になっていたのは、転生者は向こうの世界で、鬼人族を択んでいた点だ。ボクにはそういう選択肢が与えられなかった。チート能力を与えられずとも、最強である鬼人族になれば、魔法や力が得られる。望みに近い人生が送れたはずだが、ボクにそれはなかった」

「…………」

「でも、鬼人族でも最近は転生者が現れていない、という。それはボクが異世界に転移してから……。そう考えると辻褄が合う」

「…………」

「人手不足なのに、転生者が現れない……。それはあなたが語っていたことで、何となく想像がつく。『元の世界の知識をつかって成り上がったり、無双したり、スローライフしたり……』と。つまり、そういう連中をあなたは嫌っていた。排除したいと考えていた。そういう相手を殺し、あの世界の秩序を守ろうとしていた。その人材が不足していたんだ」

 フリフリの衣装を着た、閻魔様と思しき少女は、横を向いたままこちらにじとっとした目を向けてきた。

「気になっていたのは、それなら元の世界の記憶を消して異世界に転生させればいいんだ。それをしなかったのは、そうすることがルール上、できないから。でも、それでは不都合が生じてきた。だから、転生者を殺せる能力をもつボクを転生させた……ちがいますか?」

「…………。えへへ、バレちゃった」






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