第35話 最強の……
~~ 申し込み ~~
「うちのザジが申し訳なかったわね」
ザビの母から、そう謝罪される。ザジというのが、ザビの兄の名だ。
今はまだ、彼女の屋敷にいる。ザジが攻撃をしてきたのは完全な誤解であり、シスコンで妹を心配するあまり、近づく男に容赦しないタイプらしい。
「この村の家のつくりは、転生者の技術ですか?」
「そういう面はあるわね。便利な道具など、色々と作りだしてくれるわ」
確かに、人族の町では鉄器がやっと一般的になったぐらいの文化レベルだけれど、ここでは昭和初期ぐらいの趣が感じられる。囲炉裏には鉄瓶がかけられ、鉄器の加工技術もすすんでいた。
「今日はゆっくりしていって下さい」
そういって、ザビの母は部屋を後にした。まだ日が沈むか、沈まないか……といった時間帯だけれど、鬼人族にとってはお休みの時間だ。
畳も、綿の入った布団も、恐らく転生者がもたらした技術だろう。久しぶりの布団……と、ボクも眠ろうと布団に入ったところ、扉がすーっと開く。
まだ何か……と、体を起こすと、そこにはザビがいた。
「やっぱり、あなたがジャバを倒した冒険者だったのね」
「この前も言ったけれど、ネルに手伝ってもらった結果だよ。今回も、ネルに協力してもらったから、勝てただけだ」
ちなみに、ネルはわざわざ布団で寝る必要はなく、いつもの通りに夜はふらふらとどこかへ行くのが決まりだ。
「でも、兄を吹き飛ばす人族なんて、初めてみたわ」
ザビはにじり寄ってきた。
「私も色々と考えた。でも、障害があることに気づいた。アナタは……愛人が多い」
やはり彼女たちとエッチしていたところを見られていたようだ。あんな山の中で四人で暮らしていたら、そう疑われても仕方ない……というより、その通りだ。
「愛人ではなく、ボクと一緒にいたいといってくれた子たちだよ」
「私は愛人がいてもいい、と思っている。でも、正妻になりたい!」
「……え? ボクと結婚?」
「私は最強の相手と結婚する、と決めていた。ジャバを考えていたけれど、その男が負けた。なら、勝った相手と結婚する!」
~~ 花嫁? ~~
「……で、昨晩はお愉しみ?」
ネルにじとっとそう言われた。
「そんな訳ないだろ。もう彼女はお眠だったし、あのシスコン兄貴がいる家で、そんなことしたら……」
「ま、殺されるでしょうね」
「結婚の申し込みをされたと知られただけでも、そうなるだろ」
今は朝、まだ鬼人族は起きてくる時間ではない。
「とりあえず、両親は彼女の決意を知っていて、家出を放置したのかもね。でも、兄は赦さなかった。だからナナリーの町に来たときも、使用人の二人がザビの攻撃をうけて、そのまま兄を引きもどした……というところでしょうね」
「事情は分かったけれど、どっちに転んでもボクは殺される気がする……」
申し込みをうけたら、嫉妬で殺され、断ったら妹を泣かせたと殺され……。明るい未来がみえない。
「逃げても、あの山小屋はすぐ見つけられるだろうしね」
すぐ……とは考えていないけれど、逃げたらもっと悪い結果しか予感しない。
「でも、この話を聞いたら、すぐにでも兄貴が怒鳴りこんできそだな……」
「キサマ、赦さんぞ!」
早速、兄であるザジが乗りこんできた。
「ボクはまだ返事をしていないから、赦すも赦さないもないだろ?」
「うるさい!」
ザジはそう凄むものの、両手には火傷を負っているので、まだ剣が握れる状態ではない。炎の剣に対して、より強い熱量で押し返されたため、その熱が腕まで及でしまったのだ。
「キサマ……、妹を泣かせたら赦さんぞ!」
過保護すぎる兄も、泣かせると思うのだけれど、今ここでそれを言っても仕方ないところだ。ただ、ザビの両親に呼び出されて、釘を刺された。
「私あちは、ザビの意思を尊重したいと考えている。ただ、私たちも君のことはよく知らない。貴族ではないのか?」
人族の国では、強い者が上に立つ、という形をとることが多いので、ジャバを倒した者が貴族でないことが、不思議なのだろう。
「ボクは幼いころに捨てられ、出自は曖昧です。だから冒険者として、糊口をしのいできました。師匠の教えもあるとは思いますが、他の人族と比べても、魔力は強いと思います。もしかしたら、鬼族の血が混じるのかもしれません」
この世界では、人族がマスクをすることも多い。もしおでこに角があっても、分からないということはあるかもしれない。むしろ最強種である鬼人族をみたら、人族の女性などイチコロだろう。道ならぬ恋になっても……。
「鬼人族は、基本的に外へと出ることはない。傭兵として雇われるときでさえ、接触は極力ひかえる」
「でも、鬼人族として生まれた転生者は?」
ザビの両親の目が険しくなった。むしろ、渡りの人と彼らが呼ぶように、鬼人族として生をうけるが、彼らの中ではちがう存在、と認識されているらしい。だから、村を出て行くときも引き止めない。
精神的には、転生をしてきて生まれたときから成熟していても、肉体的には鬼人族のそれだ。それが村の外で、女性と交われば……。
「鬼人族の子……。君もそうかもしれん、ということか」
この世界では遺伝子検査がないので、証明もできないけれど、鬼人族と話をして、その可能性が高いことがよく分かった。
転生者と話をしたくて、鬼人族の村に来たけれど、ここに転生者はいなかった。聞けば、半年前に出ていったのが最後だった、という。
ザビが、渡りの人と呼んでいた転生者がいなくなったことを知らなかったのは、鬼人族は家で子供を教育し、大人になるまであまり外にださないから、のようだ。ザビが外に出られるようになった途端、いなくなったのでザジがうろたえ、ナナリー王女から連絡をうけたとき、すっ飛んで行ったのだ。だから使用人を同行させ、隙あれば連れ帰れ、と両親は命じていたそうだ。
「私もついていく」
ボクがザビの家を辞そうとすると、彼女はそういってボクの腕をとった。
「まだ結婚するか……、分からないけれど、アナタの強さをもっと知りたい。だから一緒にいく」
「ボクは強さを求めていない。それに、キミが気にしていたように、女の子たちもいる。彼女たちの上に、キミをおくつもりはない」
「分かっているわ。私も、正妻は勝ちとるもの、と考えている。もし、あなたと結婚するのなら、私しか見えないようにしてあげる!」
超強気……。でも、彼女はそういう生き方を望み、そうしてきた。最強の男を求めて、家出をするなんてまさに彼女らしいやり方でもある。
ボクもそれを受け入れ、自称・花嫁候補をつれて山小屋へともどることになった。
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