第32話 鬼人族の事情

   ~~ 鬼人族との交渉 ~~


 エドリーに連れられ、お城の客室へと向かった。そこは内外の要人を接待する部屋であり、ナナリー王女も鬼人族を歓待するなど、対応に苦心していることがうかがえた。

 ノックをしても、応答はない、エドリーがドアを開けると、大きくて快適そうな部屋に一人の少女がいた。黒髪で、おでこの辺りには小さな一本の角がみえる。少女といっても、年齢はフィアと同じぐらいだろうか……?

 眼光も鋭く、細身だけれど、ノースリーブの着物のようなものから覗く手足をみても、しっかりと締まった筋肉質であることが分かる。やはり戦闘民族というのはその通りのようだ。

「初めまして。今日の話し合いに、立ち合いとして呼ばれた者です」

 ボクが頭を下げて挨拶すると、彼女は冷たい目でボクを見返しながら「頭を下げるなんて……。あなた、渡りの人?」

「渡りの人?」

「転生者、と言い換えてもいいわ」

 ボクも驚いた。確かに、転生する前に、閻魔様のような人と話をしたし、何よりボクも前世での記憶を失っていない。他にそういう転生者がいてもおかしくない……とは思っていたけれど……。

「キミも、転生者?」

「ちがう。でも、私の村にもいる……」

 その言葉にもまた、驚かされた。


 交渉に訪れた鬼人族は、若い男を筆頭にした三人組だった。

 筆頭である若い鬼人族は、おでこに二つの角があり、黒髪で筋骨隆々。小柄にみえるけれど、それは後ろに控える二人と比べるから。その二人は大男で、顔にはマスクをするので表情や角の数は分からないけれど、棍棒をもって立つと鬼のイメージにぴったりくる。

「我が一族の者を返してもらいたい」

 若い男は、ナナリー王女に横柄な態度でそう言い放った。ボクとエドリー、それに鬼人族の少女は隣室で待機する。隣の会話は聞こえるように、短いけれどマッシュルーム通信をつないでいる。

「私が懸念するのは、我が町に来た者が、あなたたちから逃げ、助けを求めてきたケースです。どういう事情にしろ、それが人道上問題のあることなら、簡単に渡すことはできない。どういった事情なのか? お話し願えないだろうか?」

 ナナリー王女は毅然と、そう対応する。

「事情も何もない。単なる家出だ。私の家族で、親ともめて家をでた」

 ボクがちらっと鬼人族の少女をみると、険しい顔でスピーカーとなっているキノコをみつめている。

「他国に迷惑をかけただけでも申し訳ないが、すぐに連れ帰って、罰を与えねば気が済まん。さぁ、返してくれ」

 そのとき、少女が部屋をとびだすと、隣室にいた鬼人族の三人に向けて「スカッター」と叫んで手を前にだす。

 すると、三人の鬼人族は不意をつかれ、そのまま壁を突き破ると、大きく吹き飛んでしまった。


「鬼人族の力、恐るべし……ね」

 ナナリー王女も、石の壁に開いた穴に、驚嘆して言葉もでない。

「私はここを出ていく。迷惑をかけた」

 鬼人族の少女がそういうと、ナナリー王女が引き留めた。

「そうね、私もここで鬼人族が争うのは望んでいない。だから、いい隠れ家を教えるわ」

 嫌な予感しかない。ナナリー王女の目がボクを捉えた。「あなた、彼女を預かってあげなさいよ」

「こういう展開も予想していたけれど、事情も分からずあずかるのは……?」

 最近、ネルにも釘を刺されており、簡単に連れていくわけにはいかない。しかも、また女の子……。

「私は家出なんかじゃない。ジャバを倒した、という冒険者を探して、村をでてきたのよ」

 その言葉に、ボクとナナリー王女、それにエドリーの三人は互いに顔を見合わせるばかりだった。




   ~~ ザビ ~~


「やっぱり……。嫌な予感がしていたのよね」

 スライムであり、ボクの魔法の師匠であるネルから、そう嫌味を言われる。

「分かっているよ。でも、どうやらボクに会うために鬼人族の村を出たらしい。ジャバを倒した冒険者、としてのボクに興味があるようだ」

「アナタだって教えたの?」

「否……。目的は分かったけれど、理由は教えてくれないんだ。どうして、ジャバを倒した者に会いたいのか、をね」

「なら、一緒にいたら、逆に危ないんじゃないの?」

「他のところにいたら、逆にまわりが危ないだろ。鬼人族の力を目の当たりにして、戦闘においてはやはり最強だと思い知らされたよ。だからこそ、ボクが管理した方がいいって……」

「人族の町なんて、つぶれてよくない?」

「そのとき、獣人族だって不幸な目に遭うだろ? ボクにとってはそっちの方が大問題さ」

 あの鬼人族同士のケンカをみたら、野放しにしてはいけないことは承知した。


「とりあえず、名前を教えてもらえるかな?」

「…………」

「別に、本名である必要はないんだよ。君をどう呼べばいい?」

「……ザビ」

「じゃあ、ザビ。一応、ここで鬼人族から隠れながら、ジャバを倒した冒険者を探すとしても、普段はヒマだろうし、ただ飯を食わすわけにもいかない。だから、働いてもらおうと思う」

「構わないわ。私も体をなまらせたくないし」

「ルゥナが畑仕事をしているんだ。それを手伝って、できれば農地拡張にも手を貸してあげて欲しい。できるかな?」

「了解よ。私も村ではそういう仕事をしていたから」

 どうやら、素直ないい子のようだ。ただ、強い信念のようなものがあって、それに従って生きる、という性格でもあるらしい。家出をしてまで、ジャバを倒した冒険者を探しにでたのだ。しかも、ナナリーの町に現れたように、何か情報をつかんでいるのかもしれない。


 ただ、鬼人族には弱点があることが分かった。それは、膨大な魔力と、体力を誇る一方で、一日のうち、三分の二は眠らないと体がもたない、ということだ。

 朝、起きて仕事をし、お昼ご飯を食べると昼寝、夕食をとった後も、かなり早く床についてしまう。

 おかげで、三人とエッチをしていても、彼女は囲炉裏のある部屋で寝ている、という意味で助かっている。

 一旦眠ると、中々起きない。お昼寝は寝苦しいのか、渋々と起きてくるけれど、朝など寝起きも悪い。

「鬼人族はみんなそうなの?」

「大体そうよ。戦闘民族、とかいって恐れられているけれど、みんな怠惰だから、あまり働きたくないの。動いて、休んで、そういう循環の生活をするから、戦争のように一日中戦う……なんて、みんな敬遠する」

 傭兵として強力でも、日中しか戦わない、という条件だと、その力を十分に発揮できる、とは言えないだろう。

 子供のようなその寝顔をみていると、生活スタイルもまるで赤ちゃん……と思わざるを得ない。それに……、彼女の村にいる、という異世界からきた人間のことも気になっていた。







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