第29話 最強の男

   ~~ 人間至上主義 ~~


 ジャバ第二王子は、騎兵百をつれて王都へ、街道を一直線の途上にあった。

 でも、その道に立ちふさがる相手に気づき、立ち止まる。

「ほう……。あのときに会った、謎の男か。妙な脅しをかけおって……。どうせ冒険者崩れか何かだろう? 動物を守る、だのとほざいていたが、今回はどういった要件で来た?」

「動物が魔獣化する事件……。オマエの仕業か?」

「ふん! 私ではない。だが、私が指示して実験させていたことが、どこかから漏れたらしい」

「それで、その件が下手に広がらないよう、町の近くにいる動物を殺すよう、内々に指示をだしたのも、オマエだな?」

「町の安全のためにも、ちょうどいいではないか。それに、これは我が国のため。魔獣を兵器とするのだ!」

 人間至上主義……。人間のためになることなら、動物をいくら虐げても構わない。そういう男だと確信した。

「悪いが、オマエのことは赦せない」

「ふん! キサマも害悪な者として、排除する! 魔法騎兵隊‼」

 百駒ほどの騎兵隊の隊員は、すべて魔法使い。その百駒が並び、一斉に火炎魔法をしかけてきた。

 業火が襲ってくる。ボクも魔法がつかえるけれど、百人の魔法使いを相手にすることは到底、不可能だった……。


「な、何だとッ⁈」

 ジャバは驚愕で、引きつった表情をうかべる。炎の壁を破って、ボクが近づいてきたからだ。

 ボクの周りには地面を割るようにして風が噴きだしており、その風によって守られている。

 そう、ボクでは百人の魔法使いに敵わない。でも、そんな百人を相手にしても動じない者を連れてきた。

 ボクの頭の上には、スライムのネルが乗っている。

「ま、今回は動物たちのためだから、手伝うわよ。それに、前回はあのお姫様から、たんまりと報酬を得ているし、今回も……ふふふ」

 ネルが悪い笑い方をしている。ボクの魔法の師匠であり、まさに百人力の、強力な魔法使いだ。

「どれ、騎兵なんて使い物にならなくしてやりましょう」

 地面がグラグラと揺れ、整備された街道が地割れを起こして、がたがたになってしまった。馬はこういった悪い地面を、人を乗せて走ることはできない。

 形勢逆転、百の騎兵がただの歩兵に成り下がった瞬間だった。




   ~~ 魔法勝負 ~~


 ジャバも自ら馬を降りた。馬では動けない以上、自ら剣を抜いて戦うしかない、と腹を決めたようだ。

 ボクも、馬を傷つけるのが嫌でネルに手伝ってもらったけれど、こうして対人戦闘になったら、ボクが何とかしないといけない。魔獣であるネルが人を傷つけると、角が立つからだ。

 ドミネートで、まずは一人の魔法使いを支配する。そして、その魔法使いに魔法をつかわせ、味方を攻撃させた。それでパニックを引き起こす。ジャバの軽騎兵隊は、同士討ちという事態に陥り、あっという間に混乱する。

 その混乱の中を、少しずつドミネートする者を増やし、さらに混乱に拍車をかけさせる。

 ボクはそうやって雑兵を遠ざけ、ゆっくりと大将のジャバに近づく。

「妙な自信がある、と感じていたが……。何をした?」

「オマエが知る必要はない」

「そうか……。なら、圧倒的な力の差を見せつけた上で、改めて聞くことにしよう」

 そういうと、幅広の大きな剣を、頭上で振りまわし始めた。見る間にそれが彼の頭上で渦を巻き、天空へ伸びて、のたうつ者に代わった。

「フリュードリー・ドラコ‼」

 恐らく体は水、水滴を集めたものであり、竜の頭を備えたそれが、ボクに対して向かってきた。


 ジャバに近づくことさえできない。彼が巻き起こす、のたうつ水竜が襲ってくるのだが、その威力は甚大だ。操っているのはジャバの剣なので、的確にこちらを見据えて攻撃してくる。

 しかも、ボクが逃げ回るので、混乱する味方の兵を巻きこんでも、躊躇わずに攻撃してくる。生粋の戦闘狂――。勇壮な体躯は、体力、腕力ともに高く、味方の犠牲も厭わずに攻撃できる、その胆力、冷徹さもふくめて、強敵であると改めて強く認識した。

 走りまわりながら、石を拾ってジャバに向けて放つ。街道がガタガタに崩れているので、大きい石もごろごろするので、それを攻撃材料とする。それを魔法で飛ばすのだが、多少の石なら避けることもなく、体に当たってもびくともしない。しかも、多少の血が流れるぐらいでは、不敵な笑みが消えることもない。

 軽い攻撃では、何の支障にもならないようだ。

「水の弱点は?」

 そのとき、ボクの頭の上にいるネルが話しかけてきた。

 ボクは立ち止まり、短剣を構える。

「諦めたか? なら、死ねッ‼」

 ジャバが大きく振りかぶって、剣を振り下ろしてくる。すると勢いをあげ、水竜が襲ってきた。

 ボクの魔法は詠唱なしでも発動する。でも、これには準備……予備動作が必要だった。そのためのタメをつくったのだ。

「ライトニング・エラプション!」

 ボクが叫ぶと、一瞬にしてジャバは剣を取り落とした。白目を剥いて、そのまま地響きを挙げて倒れる。失神するぐらいの、巨大な電流が流れたからだ。

 地下には大量の電気が滞留する。それを集めて、一気にジャバへと流した。

 通常、雷撃は杖から、空から雷のように落とすものが多いけれど、むしろ大地の方がはるかにつかえる電気が多い。

 そしてジャバの屈強な体からも、大電流が必要と考え、地下をつかったのである。


「水の弱点は、熱って言いたかったんだけど……。ま、いいわ」

 ネルも呆れる。

「ボルケーノの方がよかった?」

「大きな被害になるし、こっちの方がよかったかもね」

 魔法は応用――。ネルの言葉だ。基本の火、水、土、風、雷など、覚えることは少なくていい。後は、それをどう工夫し、組み合わせ、威力のあるもの、敵をだしぬけるものに変えるか?

 先ほど、ネルがつかった大地から風を吹きだす魔法もそう。ネルのオリジナルであり、強力なものである。

 すでに兵たちも戦う意欲を失い、ジャバも倒れた。ナナリー王女との約束で、殺しはしなかったけれど、武勇に秀でた彼が、その鼻っ柱をへし折られた。これは大きなターニングポイントだ。

 ただ、それは自分にとっても同じだ。国内、最強と謳われるジャバが、たった一人の冒険者に倒された。

 それはある意味、ボクへの圧力としても新たな動きを起こすことだろう。

 今回、殺さなかったことが吉とでるか? 凶とでるか? 一度芽生えた野心の火、それをジャバが滾らせる以上、また戦うことがあるかもしれない。

 いつかまた……。そんなことを予感させるけれど、今は無事にやり遂げて、ホッとする気持ちの方が強かった。


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