第27話 置換
~~ へラムの悪政 ~~
「どういうことだ?」
「へラムは、獣人族を人とみとめていない。動物は全裸でいるのが自然、という考え方。そして、人間の意のままに動くことを求め、反抗を赦していない。ここで働く獣人族にお給料はなく、ただ〝エサ〟という名の、最低限の食事が与えられるだけ。どうだ、暗殺する気になったかい?」
リクィデーターはそういって、ボクに促してくる。
「でも、ここまでのことをすれば、国だって黙っていないだろ?」
「ボドウェ卿は重鎮。この要害堅固、経済的にも重要な地を任され、信認も篤い。ここで起きていることは、国の中枢には伝わらない……」
「でも、獣人族の間で、ここのことが噂になったりするはずだ。でも、ボクは聞いたことがない」
「ここで働く獣人族は、この待遇で満足している部分もあるから……」
なるほど、人間だって、学習性無力感というものがある。どんなに抵抗しても無駄だという絶望……。それが逃走したり、それを外部に伝えたりする意志を奪う。
それに認知的不協和、というのもそうだ。つらく、つまらない作業でも少ない報酬の場合、そのストレスを緩和するため、作業が面白かった。もしくはその割に報酬がよかった、という不協和の状態にあった認知を整合するよう、解釈を変えることが知られている。
動物扱いをうける獣人族の面々も、恐らくそうやって、ここの生活に満足していると認知を変えて、暮らしているのだろう。
「へラムを暗殺すれば、終わるのか……?」
この町を支配する、ボドウェ卿とて、この惨状には気づいているはずだ。それを放置する以上、獣人族を虐げる環境は終わらないだろう。
「ボドウェ卿まで倒そう、と考えているなら、やめておいた方がいい。今ここで彼を暗殺すると、国が黙っていない」
「ギルドと国が、へラム暗殺のみで妥協した、ということか……」
「協力、と言って欲しいね。これまでも依頼はあった。でも、手をだすことができなかった。それはボドウェ卿と、現国王がともに戦場を駆け回った盟友で、その子息を暗殺することにゴーサインがでなかったからだ。でも、ここにきて流れが変わった。町の周辺にいる動物を殺すため、全裸の獣人族がうろうろするようになった。獣人族に、その任を委ねたからね。
その結果、シークネイアの町の異常さが、噂として広がり始めた。看過できなくなった、ということさ」
これが、ギルドから依頼をうける身分の限界。でも、とりあえずこの暴挙が収まるのなら……「分かった。やるよ」
「この城砦は、私たちでさえ状況がつかめない。要塞化され、中は複雑な迷路。私に手伝えるのはここまで」
獣人族は全裸、人族は服を着ているけれど、マスクはつけていない。隠れて潜入することさえ困難だ。
「へラムの居場所もつかめない……のか?」
「そういうこと。多分、数日に一度、獣人族の少年を複数部屋によび、慰みにしている。大体、その辺りという検討しかつかない」
その大体の位置を聞くと、ボクもできるだけ近くまで単騎で潜入するため、リクィデーターと別れた。
~~ 人でなしの末路 ~~
樹木をつかわない転移魔法は、大量の魔力を消費する。距離を短くすれば、何度かつかえるけれど、できれば節約しないといけない。
深夜、その城塞の壁をよじ登る。窓はあるけれど、格子がはまっている。それに、どこに獣人族がいて、騒ぎになるかも分からない。暗殺を実行するまでは、できれば騒ぎを起こしたくなかった。
ある程度上ってから、屋上へと転移する。大体の位置を聞いていたので、その直上辺りに立って、ふたたび魔法をつかう。透視はできない。でも、状況を把握することはできる。広い空間、数人が動く気配、からみ合う体……。
どうやら地下だ。屋上からだと距離があるが、恐らく周囲から飛ぶより、遮蔽物が少ない。
転移魔法で飛ぶ……。その部屋は麝香のような甘ったるい煙につつまれ、まだ十歳前後ぐらいの獣人族の少年たちを周りに侍らせ、お愉しみの男がいた。
ドミネート! でも、すぐにボクは転移魔法で、ふたたび屋上へと飛ぶ。
獣人族の少年たちを、巻きこみたくはなかった。ドミネートは一旦かけてしまえば離れても有効だ。
今、彼は急に目の前が暗くなったことに、驚いている。それは、眼球と睾丸が入れ替わってしまったからだ。眼球のあるところに、睾丸が、睾丸のあるところに眼球がある。きちんと神経、血管はつながるけれど、見ることはできないし、今後は性欲が湧くこともないだろう。
「な、何だ⁉ 目の前が……わぷッ‼」
しゃべろうとした口に、何かがぶつかる。それは鼻の辺りから垂れ下がるものであり、急に鼻が高くなった、伸びたのではない。異なる他の部位と置き換わってしまったのだ。
そう、鼻と陰茎が入れ替わっていた……。
一応、尿道と鼻孔とはつながるけれど、もし尿道から空気を通して息を吸えたとしても、窒息するレベルでしか酸素を供給できないはずだ。
この段階で、へラムも自分の異変に気付く。ふだん、下で触り慣れてきたものが、鼻にある。では下は……。のっぺりとして、しかも常時鼻の穴から、液体が滴り落ちている。尿道が閉じられておらず、尿が垂れ流されているのだ。
しかし、彼はもう叫ぶこともできなくなった。口が、肛門へと置き換わったのだから。舌は裏側から、肛門を舐めるのみ。ぎゅっと窄まった肛門に遮られ、言葉すら発せられない。
逆に、肛門のところは口がだらしなく開き、便を垂れ流すようになった。
周りにいた獣人族の少年たちも、突如面相を変えていくへラムに、悲鳴を上げて逃げ惑う。
でも、その声も聞こえなくなった。耳が乳首と入れ替わってしまったからだ。
これもドミネートの力――。体を支配し、部位のある位置を変えることすらできてしまう。
彼は逃げようと、立ち上がろうとしてバランスを崩して倒れる。それは、足と手が入れ替わったからだ。
当然、骨は無理やり接いでいるので、脱臼しやすくなっている。倒れたことで、大腿骨と肩甲骨が外れ、痛みで悶絶する。でも、腕より可動域の少ない足では、痛い箇所をふれることすらできない。
面積の異なるものを、強引に付け替えているので、肌も引き連れて痛いはずだ。
五感のうち、四つの感覚までが封じられ、内臓も少しずつ入れ替えがすすむ。心臓と、別の臓器が入れ替わったときがジエンドなのか、それとも各所で起きる痛みが彼を死へと導くのか? それは彼次第といえた。
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