第23話 お風呂再建

   ~~ 張本人 ~~


「やっぱりゴートシティの事件、あなたが関わっていたんですね?」

 ボクがそう尋ねると、ナナリー王女はニヤッと笑った。

「どうしてそう思うんだい?」

「ボクの立ち位置を知って、ギルドに依頼をだせばボクがくる、と思っていたのでしょう? リクィデーターが最初に『ボクが来ると思った』と言っていたので、不思議に思っていたのですよ。でも、それを意識して依頼をだし、かつリクィデーターも仲間なら、そういうこともあり得ると気づいた。あのリクィデーターは、あなたの部下ですね?」

 ナナリーが手を叩くと、部屋に入ってきたのは、巨乳の獣人族の女性だった。

「私の親衛隊、隊長のエドリーだ」

 赤くて鼻の高い、天狗のようなマスクをつけていたので、顔は初めてみたけれど、その巨乳ですぐに気づく。白銀の髪で、ピンと立った耳、鋭い眼光をみると、狼のそれのようだ。

「もしかして、彼女との関係から、獣人族を擁護するようになった?」

「その通りだよ。彼女は小さいときから私の身辺警護として従事していた。その交流から、私は獣人族を虐げるのがおかしい、と感じた。今回も、動物を魔獣にする……と聞いて、君なら動くと思ったのさ」

「それは、お金をもらえずともやりますが……。黒幕は分かりましたか?」

「いや。もしかしたら根深いのかもしれん。国の中枢が関わっている可能性もある」

「中枢? 王族……」

 ナナリーは首を縦にふった。「まだ確証はない。でも、民間の研究機関では、あれだけの規模の施設を維持するのは不可能だ。そして、あれはまだ他のところでも製造が可能、という点だ」

 ナナリーも深刻そうに眉根を寄せる。彼女も信じたくはないだろうが、後継争いを意識するときに起こった事件だけに、ナーバスになっているのかもしれなかった。


 彼女の居室をでると、先にでていたエドリーがそこにいた。

「キミは王女から、随分と信用されているようだ」

「覚えがめでたくて何よりだけど、お陰でこき使われているよ」

「ははは。期待の高さだと思ってくれ。王族の中でも、ナナリー王女のような考えをする者はいない。初めて、意見の合う相手と出会ったのだ」

「アナタとの邂逅で、そうなったんだろ?」

「同世代の私のようなものが、常に人族の下にいることを不条理に感じたらしい。自らの理想のため、国王に直談判して町を一つ自分の所領とし、こうして理想を実現しておられる」

「その夢に、ボクを巻きこむつもりか……」

 ボクがそう呟くと、いきなり口をふさがれた。エドリーがボクをしっかりと抱き締めて、唇で塞いできたのだ。

 ボクもびっくりする。でも、獣人族は力だけなら強く、女性であるエドリーであっても押しのけることができない。それは弾力のある、大きな胸が邪魔をしていても、むしろそれだけにさらに強く、ボクにしがみつくようにして唇を重ね、濃厚なキスをしてくる。

 やっと唇を放すと「安い報酬の、これは代わりだよ」

「ナナリー王女の指示?」

「否……。でも、私はあの方の夢を実現するためなら、この肉体を捧げてもよいと思っている。もし必要なら……」

「そんな自己犠牲の精神、彼女が望んでないだろ? ボクだって、そんな相手を抱きたくはないよ」

「キミはそういうと思っていたよ。でも、抱きたくなったらいつでも言ってくれ。私はキミなら抱かれてもいい、と思っているから」

 エドリーの顔は真剣だった。




   ~~ 露天風呂 ~~


「お風呂が完成だ!」

 前回、お風呂が狭くて大変だったことで、新しく風呂をつくっていた。

 露天風呂――。竈に寸胴をおき、水を少しずつ流すとお湯になってあふれてくる。それが地面を掘って固めた湯船まで、竹の樋をつたって流れこむようにした。

 どうせこんな山奥まで誰もこないので、壁はつくらず、簡易的に藁で屋根だけをかけた。だから建設が早かったのだ。

「これ、水漏れしないのん?」

「これはコンクリート。細かい砂に水を混ぜると、ぎゅっと押し固まるんだ。その上から撥水性のある、油をふくんだ木の実から抽出した液体を塗りこんだ。多少は漏れるかもしれないけれど、まずは大丈夫だよ」

「でも、三人……四人でいっぱい?」

「これ以上大きいと、お湯を沸かすのが大変だからね。四人で入れれば十分かなって思って……」

「じゃあ、すぐ入るのん!」

 勢いこむルゥナには悪いけれど……。「お湯を沸かすのに時間がかかるから、今日の夕方になるよ。さ、仕事、仕事」

 ボクとフィア、それにミズクは動物病院、ルゥナは農作業をして、夕方まで過ごすことにした。


「わ~いッ!」

 別棟で服を脱ぐと、ミズクは裸のまま走っていって、そのまま飛びこんだ。フィアもルゥナもそれに続いて、飛びこんでいく。

 三人ともまだ子供……。人間と比較するのは難しいけれど、その姿をみると微笑ましく感じる。

 後からボクが湯船につかると、右からはフィアが、左からはルゥナがしなだれかかるようにして、抱きついてくる。ミズクはボクの伸ばした足にまたがり、背中を預けるようにしてすわった。

 結局、ボクの周りに集まってしまい、広めにはつくったつもりでも、だいぶスペースが余っている。

「このお風呂をつくった理由……、他にあるんですか?」

 フィアにそう尋ねられ、ボクも頷く。

「動物病院をしていると、動物たちにも療養が必要だと思うことがある。湯船につかる……とまでは考えていないけれど、ここにお湯を張っておけば、このお湯を使って体を洗うことができる、と思ったんだ」

 動物も水浴びはするけれど、四季のあるここでは寒いこともあって、お湯で洗ってあげたい、と思った。何度か、寸胴でお湯を沸かして、それをつかったこともあるけれど、量が足りない。しっかり断熱も出来て、冷めにくくできれば、しばらくお湯をここに溜めることができるので、治療の間もつかえる、と考えたのだ。

「私たちと入りたかったから、じゃないのん?」

 そういって、ルゥナは体をこすりつけてくる。

「みんなと入りたい、と思ったのもその一つさ。でも、その『みんな』がもっと広い範囲だった、ということかな」

 こうして三人の女の子と囲まれているのも、幸せだ。でも、ボクは人に絶望し、ここで動物たちと暮らしたい……と思ってやってきた。動物たちが幸せになることが、ボクにとっても幸せなのだ。

 体が動かせずに89年間、植物人間の状態だったボクが、こうして女の子たちに囲まれ、動物たちのお世話をしながら過ごせている。こうしたのんびりした時間だからこそ、そんなことを考えていた。




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