第21話 三人のターゲット
~~ 潜入 ~~
ゴートシティは町自体もかなり特殊だ。ここではギルドも活動しておらず、冒険者もいない。
人族でさえ滅多に見かけず、それぞれの組織に属する獣人族が、勢力争いを繰り広げる。そのため、人族しかつけないマスクを、ここでは獣人族がつける。顔を隠して活動する必然性があるからだ。
国の統制がまったく利いておらず、ギルドの監視も働かない。それでも互いの組織がせめぎ合い、勢力争いをする結果、不気味な均衡を保っており、治安は比較的いいとされた。
コントートという組織の拠点は、一軒の宿屋だ。これは、この組織が外部と取引することで金を稼ぎ、大きくなってきたことを意味する。
ボクは準備していたケモノ耳と、ケモノ尻尾をつける。
ここでは獣人族の方が、何かと活動しやすい。そうして耳と尻尾をつけ、マスクをかぶって宿屋へと向かった。
この組織を率いる、三人の人族をさがしだすために宿に泊まることにした。内部を調査してみるが、人族がいる様子はない。拠点ではあるけれど、常駐はしていないのかもしれない。
ただ、もう一つの目的があった。それは、コントートという組織が外部との取引にここを利用している、ということだ。
受付にいた獣人族の男に「商売をしたい」と伝えると、早速部屋へと通された。
「魔獣をご所望ですか?」
「ここにくれば手に入る、と聞いた。人族の富豪の館に、魔獣を放って混乱させ、その間に蓄えていた富を奪う、という算段だ」
「なるほど、混乱目的ですか。なら、素早く動く狼型の魔獣がよいでしょう」
「準備できるのか?」
「どうぞ、こちらへ」
地下へと連れていかれる。ランプで浮かび上がったその部屋は、いくつもの小さな檻があり、その中に魔獣が眠らされていた。
「魔獣も眠るのか……」
「動物のときに眠らせておくんですよ。すると、魔獣化しても眠ったままです」
「魔獣化させるのも、薬?」
「それは企業秘密です。こちらの薬を檻の中に入れると、五分程度で目を覚まして暴れ回ります。なので、その五分の間にそこを離れてください」
恐らく、罠で捕まえて連れてくるのだろう。足のキズが痛々しい。魔獣となったら痛みなど感じず、ただ暴れ回り、体が壊れるまで、周りにいる生き物を襲いつづけるようになる。
ボクも哀れに思い、言葉を失っていた。そして、動物たちをこんな目に遭わせる奴らを絶対に赦さない! と意を強くしていた。
~~ 始末 ~~
宿屋を歩き回ることにした。準備するのにしばらくかかる、ということで、その間にコントートの実質的な経営者、三人の人族をさがす。
耳を欹てていると、興味深い話が入ってきた。動物を魔獣にする薬のバイヤーを、ホーカーと呼ぶらしいが、それが今日来る、という。そしてその取引のために経営者が来る、というのだ。
その機会に一網打尽にしようと、ボクも待ち構えることにした。
ほどなく、頭から黒いマントをかぶった大柄な人物が訪れ、恭しく奥へと通されるのを確認した。
ステルス・スキルでボクもついていく。
ホーカーが待つ部屋に、三人の人族が入ってきた。先頭は恰幅のよい女性で、どうやら残り二人は息子らしい。
「いつものホーカーじゃないね」
「いつものホーカーじゃないと、不安かい? 商品はいつもの通りだよ」
「ま、それならいいけどね。でも、せっかく担当を交替したなら、少し安くしてくれると、こっちの商売にとっても有難いんだけどね」
「それはできない相談だ。安くするぐらいなら、他に売る」
「分かっているよ。アンタらはここで実験したい。私らはそのおこぼれで、少々の儲けを得る。なら、もう少し量を欲しいところだけれど……」
そのとき、女性の後ろに控えていた息子の一人が、うめき声をあげて苦しみだす。隣にいる息子も、背筋を逆に逸らすほど身悶えはじめた。
「ぎゃぁぁぁッ!」
異変に気付いたときには、もう遅い。女性も自らマスクを引き剥がし、顔面を掻きむしりだす。ドミネートによって全員が皮膚の下に虫が這いまわるような不快さに、苦悶するのだ。
三人を完全に支配した。後はホーカーだけ。ただ、薬の出元、アジトを聞きださないといけない。ドミネートもかけ方を変えないと……。
……え? ドミネートが効かない? ホーカーが立ち上がる。ボクも焦った。逃すわけにはいかない。ステルスを解除し、いきなり現れたボクに驚いている相手の腹に短剣を突き刺した。
ただ、ボスッという軽い音がして、空気が抜けるようにお腹が萎んでしまう。
「ま、待ってくれ。私だ」
マントを外すと、出てきたのは赤くて鼻の高い天狗のマスク……。
「リクィデーター?」
「私も色々と調べて、裏でホーカーという存在がいて、取引している事実をつかんでいたのさ。成りすまして潜入、相手の動きを見定めようと思ってね。ちょうど君が潜入していたし……」
「お腹は……?」
「これかい? あぁ、大丈夫だよ。はりぼてだ」
服をめくると、そこにあったのはマスクをつくるときにもつかう、シリコンのような材質のゴムであって。空気を入れて膨らませていたようだ。
しかも、ドミネートが通じなかった。「もしかして、獣人族?」
「よく気付いたね。そう、私は獣人族だよ」
リクィデーターはくるりと背中をむけて、お尻の上から尻尾をだしてみせた。
「こういう町では、私のような獣人族の冒険者が適するのさ。隠密で調査したり、潜入するにはね」
ボクも獣人族の恰好をするように、ここでは獣人族である方が都合いい。ただ、ギルドがそれに気づいて、彼女に巻かせておきながら、人族のボクに依頼をだしてきたことが不可解でもあった。
「噂通りの凄腕だね。どうやったんだい? 人族を三人、見事に魔法で術中にとらえてみせたけれど……」
ボクは肩をすくめただけで「締め上げて、薬の出元を吐かせることもできるよ」
彼女らの語った内容は一致しており、リクィデーターも大きく頷く。
「こちらの調査とも一致した。間違いなさそうだ。さ、早くここを出よう。そろそろボスがもどってこないので、おかしいと気づく頃合いだろう。脱ぐのを手伝ってくれるかい?」
どうやら恰幅がいいと思っていた、そのお腹はすべて肉襦袢であり、ボクに会うときから変装していたようだ。そして、ナゼわざわざそんな変装をしていたのか? その理由も垣間見えた。
外せない大きな肉塊……。下着すら弾き飛ばしそうなその大きな胸をみて、ボクも思わず「女性……?」と呟く。
嫌でも目立つ、そんな胸を隠そうとお腹に肉襦袢を巻き、全身を太く見せていたのだった。
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