第19話 第二王子

   ~~ ロクシオンの町 ~~


 ボクは夜の砦に侵入した。暗殺稼業をしているだけに、こういうスキルは勝手に身についた。獣人族の兵士と遭うことがリスクだが、この世界では獣人族の身分が低くて、人族の居住する場所に立ち入ることすら忌避される状況だ。そのため、兵士がいる場所さえ転移でスキップしてしまえばいい。人族の兵士、騎士ならドミネートによりどうとでもなる。

 こういう砦だと、部屋に鍵をかけないのが一般的だ。なぜなら、緊急の連絡ができなくなるから。

 そのため、第二王子のいるところへ、すんなりと入ることができた。

「誰だッ⁉」

 ジャバは剣をすらりと抜いて構える。ジャバは勇壮な体躯をもち、戦士として申し分ない肉体だ。元々、父王も勇名を馳せた人物だ。その血を濃く継いだ、とされる第二王子が、国境付近の警備を任されたのである。

「待て。これを渡しに来た」

 そういって、鳩に結ばれていた文をみせる。ひったくるようにそれを受けとったジャバは、じっと読んで「こ、これは……。私じゃない。私の書いたものではない!」

 激高しそうになるのを、手で制した。

「分かっている。それを書いたのは、アンタの部下だ」

「どういうことだ⁈」

「嵌めようとしたのさ。ジャバ王子は謀叛を企てております、といって告発されたらジ・エンドだろ?」


 ジャバ第二王子も、事の重大さに気づいたようだ。

「やはり、あの鳩は……」

「そう、お前が不審に思って撃ち落とそうとした、この町から飛びだした鳩に結ばれていたのが、これだよ」

「くっそーッ‼ 誰が⁈」

「ボクは王族のもめごとに関与するつもりはない。でも……」

 ボクはマジックでもするように、治療した鳩を胸元からとりだしてみせてから、こう詰め寄った。

「いくら自分の管理していないところで鳩が飛んだからといって、それをいきなり撃つような真似をしたら、今度こそ殺す。ボクは動物たちを守る! オマエにとってはただの鳩だろうと、蔑ろにするな! 言いたいのはそれだけさ」

 鳩を返して、ボクは部屋をでた。

 鳩を飛ばしたのが誰か……? なんて勝手に調べればいい。ただ、鳩を撃った奴が赦せないから来ただけ。

 ここでジャバを暗殺すれば、きっとそれは王族の争いに、自らとびこむ形となる。そんなことは望んでいないし、むしろ忌避する感情が強かった。これだけ脅しをかけておけば、ジャバももう無暗に動物を虐待することもないだろう。そしてこれは、ロクシオンの町にきて、獣人族が虐げられていない、という事情をみても思った。

 ただ、彼は脳筋であることが分かった。そうなると、ビアスラの一件も本当にジャバが仕組んだのか?

 もしかしたら、ギルドがジャバを手にかけなかったのも、そうした事情を知っていたため……かもしれない。

 余計な詮索はしたくない。王族の問題に、わざわざ首をつっこまなくていい。今回は、暗殺のターゲットではないのだ。暗殺相手なら、その後のことも考え、色々と調べたりもするけれど、ジャバはそういう相手でもない。


 宿屋にもどってくると、寂しそうに待っていたミズクが抱きついてくる。

「帰ってこないかと思った……」

 砦に侵入するので、彼女をここに残していったのだ。

「待っていて……って言っただろ。ボクは約束を守るよ」

「お母さんがリクィデーターに殺されたとき……、私は終わった……と思った。貴族の家に仕えていたから、命じられたら引き受けるしかない……。でも、悪いことに加担していることは分かった……。私は、アナタに殺されると思っていた……」

 あのとき、彼女は泣き叫ぶこともなく、青い顔をしていたけれど、騒ぎもしなかった。それは諦め……。人族に捕まり、母親が殺されたときに死を覚悟していたから、だったのだ。

「でも……、アナタは優しかった。動物たちと暮らしながら、あの山小屋で暮らすことが、私も好き……抱いてください!」

「……え?」

「だって、あそこではみんな、そうしているのでしょう?」

 人族でいえば十歳ぐらいの、まだ胸も全然膨らんでいない体に、さすがに罪悪感がただよう……。

「でもミズク、まだ子供だろ?」

「子供じゃない! 私たちは親から離れたときが、大人」

 巣立ち……? 鳥型の獣人族だけに、そういう意識が強いのかもしれない。

 ボクが唇を寄せると、彼女も目を閉じる。でも、口がふれたのはおでこだった。

「今はここまで。焦ってすることじゃない。もう少し、ミズクが成長してから、もう一度考えればいいさ。まだ時間はあるんだから……」

 逃げ……だったけれど、彼女はうれしそうに抱きついてきた。




   ~~ 別棟、完成 ~~


「できた!」

 ログハウスのような別棟、完成である。早い……と思われるかもしれないけれど、魔法をつかっているので、魔力さえつづけば一日でも完成する。壁は木を積み上げたけれど、屋根は茅葺にした。簡単にできるのと、別棟に設置したいものもあったからだ。

 囲炉裏――。今は水回りを別の棟に集約するので、つくった料理を山小屋に運んで食べている。囲炉裏にすれば、温めながら食べることができる。雨を凌いで煙を抜くには、茅葺が適するのだ。

「エッチ部屋……」と、ネルに言われたことが気になり、生活臭をだしたかった、というのもある。

 六畳の一角に囲炉裏をつくったので、居住性は少し落ちたけれど、でも居心地はよくなった。

「これ、どうつかうんですか?」

 フィアが囲炉裏の上についたものをみて、首をかしげている。

「自在鉤といって、そこに鍋をつるして、高さを調節することができるんだ。早く煮たいものは火の近くに、ゆっくりコトコト煮こむものは離して……とつかうんだよ」


「ここでエッチするのん?」

 ルゥナは三人でするには狭い……と感じているようだ。

「否……。ここはみんなが憩う場。眠ることもできるけど、どっちかというと向こうが……」

 囲炉裏のあるこちらがリビング。これまでの小屋が寝室だ。

「さ、今日は疲れたから、ボクはお風呂に入って……」

 そこに深い意味はなかったけれど、家ができて、疎外されると思ったミズクがボクに抱きついてきて「私も一緒に、お風呂に入る!」

 まるで子供が甘えるように「ねぇねぇ、いいでしょ~?」と、上目遣いでおねだりしてくる。

 これまで、フィアが一緒に入ったりはしていたけれど、お風呂は小さいので、ボクが他の子と一緒に入ったことはない。

 でも、ミズクが火をつけたお風呂論争に、フィアとルゥナが反応するのは当然でもあった。

「私も一緒に……」

「私も一緒に入るのん!」

 二人でも狭いのに、四人同時に……? 「これは、お風呂も改築かな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る