第17話 新たな住人

   ~~ 姫の帰還 ~~


 貴族ビアスラが死体で発見されたのは、その日の朝だった。

 中年の太った体の、毛穴という毛穴から脂肪がふきだし、目や鼻、口には脂が固まって動かすことさえできない。椅子にすわって鷹揚に構えているようでいて、苦悶したことは容易に想像がつく。そんな死に方だった。

 これはボクがギルドからの依頼をうけ、暗殺したものだ。

 ギルドに偽の情報を流したこと。それは貴族であろうと万死に値する。

 なぜ、ギルドがこれほどの力をもつのか? 貴族さえ暗殺の対象とするのは、国王との間で暗黙のつながりがある、ともされる。とにかく、ボクは依頼をうけて暗殺をしただけだ。

 第二王子のジャバはお咎めなし……というか、ビアスラと共闘したらしいが、ギルドに直接手をだしたわけではない。あくまで、ナナリーを追い落としたら、今のナナリーの町を預ける、との約束をしただけ。

 貴族にとって、町の領主となることは悲願――。領地をもたない貴族など、国家からの禄を食むだけの居候にすぎない。先代王の血縁でもあり、土地を欲した結果、画策したものだった、ということで決着した。


「世話になったね」

 ナナリー姫はそういって、手をにぎってくる。

「ボクは何もしていませんよ。少なくとも、ギルドがそうしようとしたことを、ボクに依頼しただけです」

「でも、よかったのかい? 暗殺者が素顔をさらして……」

「あなたは、ボクの身バレはしないでしょ?」

「なるほど、獣人族のこで話が合う、君のような存在を自ら失うはずがない……と。でも分からないよ。私も、これでも王家のはしくれ。国家の大事となったら、君のことを売るかもしれない」

「国家の大事になんて関わりたくないから、こんな山奥で暮らしているんですよ」

「なるほど、ちがいない。でも、君のその魔力と、得体の知れない暗殺能力は、国家としても利用価値があるものだ。否応なく、巻きこまれることもあるだろう」

「でも、その気がないので、そうなりそうだったら逃げだして、他の土地に行くだけでしょうね」

「ははは! なるほど、人とのかかわりがないから、別にどこで暮らしても同じ、ということか」

 ナナリー姫は、そういって町へともどっていった。

 すると、傍らにいたフィアが、ぎゅっと腕にしがみついてくる。

「どうしたの?」

「昨晩、お預けだったから……」

 それにルゥナも反応する。「私も……私もするのん!」

 今日はお昼から、どうやらどこにも出かけられないようだ……。




   ~~ 鳥型 ~~


 ナナリー暗殺の一件は、これで終わらなかった。

 ナナリーの町に呼びだされた。それはナナリー王女からではなく、モンクのリクィデーターからだった。

「すまなかった! 私の調査不足を素直に謝ろう」

 そういって深く頭を下げる。どうやら、リクィデーターは今回、グルではなかったようだ。

「それで、君に判断を委ねたい案件があって、来てもらった」

 鎖につながれて、ひきだされてきたのは小さな女の子。

「人族が、何でそんな扱いを……」

「こいつは人族ではない」

 リクィデーターは鎖で少女を引っぱると、少女の同意も得ずに無理やりその服をめくり上げて、背中をみせた。

「羽……」

 背中には小さな鳥のような翼が折りたたまれており、それを服で隠していたのだ。

 鳥型の獣人族――。数自体は極めて少ない、とされており、ボクも初めてみた。ただ、獣人族だからといってぞんざいに扱うリクィデーターへの怒りも、同時に沸いていた。

「この子の母親が、今回は偽の情報を流した。この子が殺された……といってね。親はすでに処分した。この子に罪はない……が、天涯孤独となり、君にその処分を委ねようと思う」

 何で……? と思ったけれど、ここは素直に受けることにした。このリクィデーターに任せたら、きっと殺されるか、売り飛ばされる。放置したら、恐らく獣人族では生活も保障されないし、同じ獣人族とて、自分たちの生活に汲々とする中で、特に鳥型の獣人族では、獣型の獣人族も仲間意識をもてず、助けを期待することも難しいだろう。

「分かった。ボクが預かるよ」

 リクィデーターは鎖を渡してきたけれど、ボクは鍵をうけとって、すぐに首輪を外してあげた。

 少女を抱え、そのまま逃げるようにその場を後にした。


「最近、連れ帰ってくるのがテンプレになってない?」

 ネルからそう嫌味をいわれ、ボクも頭をかく。

「事情は説明した通りだよ。あのまま放っておくわけにはいかないだろ?」

 ボクの背中に隠れている少女に「名前は?」

「ミズク……」

 髪の毛は黒に近い茶色で、副耳とよばれるケモノ耳がない代わりに、横へとくせ毛が撥ねる。背中に生えた翼は折りたたむと服に隠れるぐらいで、広げても飛べないだろうけれど、天使のそれのようだ。

 ただ羽があるからといって手がないわけではなく、尻尾は隠れているけれど、お尻の上の辺りから短い羽根が何本か生えており、獣人族らしさも兼ね備える。

 鳥型の獣人族が珍しいのは、その外観がほとんど人族と同じであること。そのため人族の中に隠れ住む者もいる一方で、獣型の獣人族のように、人族の傍でないと暮らせない、ということもないため、森に集団で暮らすケースであるからだ。ただ、それこそこの異世界では最多とされる獣人族の中でも、ごく少数でしかないのが実態でもあった。


 目がくりっとして大きく、口が小さくて、フィアは見た瞬間にぎゅっと抱きついたほどの愛らしさだ。獣人族の年齢は、見た目と合致しないことがほとんどで分かりにくいけれど、人族なら十歳ぐらい? その妹みたいな感じもあって、フィアが面倒をみることになった。

 あのまま町にいても、きっと彼女は一人で生きていく術すらなかった。下手をすれば、それこそ奴隷商人に売られ、どこかで愛人にされるか、それとも虐待をうけていたかもしれない。

 連れてきて正解……と思う一方で、フィアとルゥナにとっては、別の問題も生じていた。

「ミズクちゃんのいる隣で、できないのん!」

 そう、ここには山小屋が一つ、別棟が一つあるだけ。ミズクを別棟に一人、泊めるわけにはいかないので、どうしても山小屋で、隣で寝かしつけて……となる。

「ま、自業自得ね」

 ネルは他人事のようにそういうけれど、これは由々しき事態でもある。

 フィアとルゥナ、二人とはそういう関係になったけれど、ミズクは幼過ぎる。これはボクにとっても、二人にとっても我慢のしかねる問題でもあった。

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