第16話 王女の行方

   ~~ 来訪 ~~


「こんなところで暮らしているのか?」

「一応、ここでは身を隠す立場だから、そう堂々とふるまわないで……」

 フィアも、ルゥナもびっくりしている。何しろ、ナナリー王女を連れて、ボクが山小屋にもどってきたからだ。

 ナナリーの暗殺は道理に合わない、と思った。そこで時間稼ぎをするため、彼女を匿うことにしたのだ。彼女から受け取っていた通信用の装置で、先に彼女に理由を伝えておいたら、存外あっさりと同意が得られ、こうしてついてきたのである。

「実は、以前からきな臭い動きがあったのだ」

 ナナリー王女はそういって話し始めた。

「実は、父上の病気が重いのだ。私は継承順位も低く、取るに足らない存在だが、父のおぼえがめでたく、こうして町の一つを与えられている。もし父の身の上に何らかのことが起きたとき、私がこの町から軍を動員して父上を助太刀するのでは? と勘繰られている」

 専制君主国なので、ナナリーの父親は国王だ。その父親の病気が篤くなれば、否応なく跡取りの問題が生じる。

「でも、ギルドはそうした権力争いへの介入を嫌う……」

「争いですらないよ。私のことはただ排除したい対象だ。何より、王侯貴族の間からも、私の獣人族への扱いに不平、不満が集まっている。私の町の噂が流れれば、獣人族がこぞって移住してしまうのでは……と恐れてね」


 なるほど、獣人族の扱いが悪いのではなく、良過ぎるのが問題なのだ。それに、彼女には父親しか後ろ盾がない。暗殺されたらそれで終わり、だ。

「一部の獣人族をいいふくめ、ギルドに依頼をださせた……という可能性は、確かにある。そうなると、あのリクィデーターもグルか……」

 リクィデーターは冒険者崩れが多い。危険な冒険をやめ、安定した立場で働きたいと考えた者が、ギルドの依頼で冒険者に仕事の伝達をしたり、もめごとを調整したりといった作業に従事するのだ。あのモンク服のリクィデーターも、恐らく実力のある元冒険者だ。

「とりあえず、その依頼が虚言だった……と証明されれば、もどれそうね」

「わッ⁉ 魔獣!」

 ナナリーはスライムのネルがでてきて、慌てて剣を抜き去った。それは魔獣が人を襲う……というのが常識なのだから、当然だ。だから隠れていて……といったのに、我慢できずに出てきたようだ。

「大丈夫です。ボクのお師匠にして、相談相手ですよ」

 ボクがそう紹介すると、ネルは「調べてあげてもいいわよ」

「え、本当?」

「おもしろそうだからね。ふふふ……」

 ネルがこういうとき、積極的になるのは珍しいことで不安もあるけれど、逆に一番頼もしくもあった。




   ~~ ネルの調査 ~~


 今日の動物病院は、多くのネコが来客だ。爪の手入れに、予約が入っていたのだ。一般的に飼い猫だと短く切ればそれで済むけれど、野生の猫たちなので、ただ切って終わるわけではない。伸びすぎているところを短くし、やすりで研いであげる必要がある。

 ボクとフィアが、腕まくりして作業をはじめると「私も手伝おう」とナナリーが名乗りでる。

 ボクはテイマーなので、動物とは仲良くなって、大人しくさせることができるし、獣人族のフィアも動物とは親しくできる。意外なことに、ナナリーはそうした力をもたないのに、動物の扱いがとてもうまかった。

 王族として、裕福にして鷹揚に育てられ、ネコたちもそんな相手に心を赦せるようだ。ただ、爪切りをするわけではなく、待っているネコたちと戯れるだけ。それでもボクとしては、大助かりだ。フィアと二人、汗だくで爪の手入れをすすめ、夕方までには終わった。

 数十匹のネコを見送って。安堵しているとナナリーが話しかけてきた。

「キミも、獣人族を奴隷としていないのだな」

 それにはフィアも「私は奴隷じゃない。好きだから、一緒にいる」と応じた。

「いいことだ。私も小さいころ、獣人族の子と仲良くなり、虐げるのは違うと感じるようになった。君のアドバイスも、こういうところから出ている……と思うと、素直にうなずけるよ」


 ナナリーはボクよりも年上だ。赤毛で、大きな瞳は父親譲りともっぱらで、それゆえに父王から愛された。王族としてできること、できないこと、はあるけれど、彼女は王族として、自分の理想を追い求めてきた人、といえるだろう。

 さすがに未婚のナナリー姫と一緒の山小屋はマズイので、今日はボクが別棟で寝ることにした。

 夜半にネルがもどってくる。ネルはボクの師匠であるように、大樹をつかった転移魔法もつかえるし、姿を隠す魔法もつかえる。また体が小さく、半透明の姿であるため、隠密行動にはうってつけでもあるのだ。

「ナナリーの町は今、大混乱だったわ。何しろ、領主が突然の失踪だもの。ただ、いくつか面白い話も聞けた。貴族のビアスラがナナリーの町にやってきて、ナナリーの死体を探し回っている、と……」

「ビアスラ……。確か、先代王の孫だったか」

「ナナリーのいとこね。父親が早くに他界し、王をナナリーの父親が継いで、貴族に臣籍降下した。恨み……とまではいかないけれど、不平不満を抱えている可能性は十分じゃない?」

「可能性はあるね。でも、ただ恨みがあるから、ナナリー姫を狙ったわけではないだろう。黒幕がいるはずだよ」


「それも調査済みよ。ビアスラの背後にいるのは、第二王子のジャバ」

「第二王子? 確か、隣国との戦争に備え、国境の都市に赴任しているはずでは?」

「その兵を引き連れて、電撃的に王都を陥れる。それで第一王子を拘束し、自ら王位を継ぐ。その邪魔になるのが……」

「ナナリーの町、ということか。彼女がジャバの行軍を邪魔すると、王都への急襲が失敗する可能性がある。そこでビアスラと組んで、ナナリーを排除。替わってその町をビアスラが治める、という算段か」

「ビアスラが金で獣人族を買収したこともつかんだわ。問題は、リクィデーターまでグルだったのか? ということ。さすがにそこまでの情報は掴めなかった。本当に本人の調査能力不足……という可能性もあるからね」

「それはボクが直接確かめるさ。でも、よく一日でそこまで調べ尽くしたね」

「ふふふ……。今回、ギルドの報酬だけじゃなく、お姫様からも感謝の気持ちをうけとるでしょう? 私も受け取る権利がある!」

「珍しいね。お金に執着するなんて」

「欲しいものがあるって話よ。興味があったのは本当。結構おもしろかったわよ。人族が右往左往しているのをみるのは」

 悪趣味だ……。そのお金の使い道も、悪趣味でないことを祈るばかりだった。

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