第15話 懐疑

   ~~ 秘密の通信 ~~


「う~む……。やはりそうか……」

 女性兵士はマスクをするので、表情は分からないものの、腕を組んで考えこむ。どうやら批判を素直に受け入れる、度量の大きさももつようだ。

「しかし安易に規律を乱しては、結局それが風紀の乱れにつながるのでは?」

「手綱を締めるところと、緩めるところの使い方を別けることです。例えば数ヶ月に一度はお祭りなど、イベントを開催する。そのときは羽目を外していい……といったメリハリをつければ、住民も次のイベントを愉しみに、日々の締め付けも苦にしなくなりますよ」

「おぉ!」

 愁眉を開いたようで、女性兵士がボクの手をとってくる。ただそのとき、近くを兵士が通りかかるのに気づいて、女性兵士は隠れるように「こっちへ」と、ボクの手をとって裏通りにつれこんだ。

「美しいマスクに、思わず声をかけてしまったが、そなたは慧眼をお持ちのようだ。今後も時おりこの町に立ち寄り、是非その見識を披露してくれないか?」

「ボクの友人が、この町で服をつくりたい……ということもあって、この町に来ました。また来ますよ。でも、アナタと会えるかどうかは……」

 女性兵士は辺りを警戒しつつ、ボクの手にぎゅっと小さくなった鉛筆のようなものを握らせる。

「もし、この町にくるときは、このアドレスで通信を……」

 通りを歩く兵士が増えてきたのを感じて、女性兵士はそそくさとその場を後にしていった。


 マッシュルーム通信で、相手を指定して通信をするとき、こういった特定のステルスハックをつかうことがある。分かり易い言葉でいうと、この小さな鉛筆のようなものは、アドレスとファイヤーウォール破りを同時に書きこんでおり、それだけ厳重な管理のされた相手と、連絡ができるということだ。

 変な相手から気に入られたようだ……などと考えつつ、ブティックにもどる。

 ルゥナは、動きやすいものという注文通り、お腹や足はでているけれど、胸や腰をしっかりと隠す、狩人のような緑色の服となった。やはりそこはエルフ、色を自分で選ばせたら、そうなると思っていた。

 フィアは前回より、やや明るめの服となった。ただ、今回は動物のお世話をし易いように、パンツタイプの服となり、ちょっと大人っぽくも感じさせた。

 そう何度も町に来たくないので、三着分を購入した。痛い出費だけれど、暗殺をして稼いだ金だ。こういうときに使うため、稼いだのである。

 元々は、動物病院的なことをはじめたとき、薬を買うお金をもないことで、冒険者をはじめた。

 ただ、ダンジョンを探索したり、魔獣を討伐したり、そういった一般的な冒険者の仕事はパーティーを組む必要があり、人への不信感、嫌悪がぬぐえなかったボクは断念した。そこで裏の仕事、一人でもできる暗殺を請け負った。

 そのころにはドミネートの使い方を何となく理解しつつあり、それ以来、ボクは裏専門の冒険者となったのである。




   ~~ 王女暗殺? ~~


 マッシュルーム通信がある。ボクもそれをみて驚いた。

『ナナリーの町の領主の暗殺』

「どういうことだろう……?」

「あまりいい感じがしない仕事依頼ね」

 仕事の相談ができるのは、ネルだけだ。ネルも隣にいて、その通信に首を……首がどこにあるか分からないけれど、首をひねっている。

「王侯貴族の権力争いに、ギルドは介入しないはずだ。貴族の暗殺も、あくまで受けるのは暴虐無人な振る舞いをする相手であって、あそこの領主はそういうタイプじゃない」

 ボクも兵士の恰好をして、町を歩いていた女性を思い出す。ちょっとやんちゃで、お忍びで町にでてしまうようなところはあるけれど、決して悪い人間とは思えなかった。

「ギルドと会って、話を聞いてみるしかなさそうね」

 ネルのその提案に、ボクも頷く。ナナリーの町の外れ、約束の場所にいくと、そこにリクィデーターがいた。

 黒い忍者服……否、僧服か……。どうやらモンクのリクィデーターのようだ。

「王族の暗殺? ギルドの依頼で正しいのか?」

「前回、君はギルドを騙った者から依頼をうけたそうだね。警戒するのは分かるが、これはギルドからの正式の依頼だよ」

「暗殺する理由は何だ?」

「ナナリー王女が、獣人族を虐げている、ということだ」


 ナナリーは王女であるけれど、王家の中では三女。跡継ぎになれるような継承順位ではない。だからあまり重要でない町の領主を任され、自分の思い通りの政策をとることができ、獣人族を虐げず、むしろ生活水準を底上げすることによって、美しい街並みを作り上げてきた。

「ギルドは……きちんと調べているのか? 依頼主は?」

「依頼主は教えられない。これは常識のはずだ」

「だが、王侯貴族のもめごとでない、という保証があるのか?」

「保証? 冒険者がそれを気にするか?」

「当たり前だ。暗殺をしてしまったたら後戻りができない。間違えました……で済む話ではない。ボクも暗殺者として長くやってきた。そういう過ちは、冒険者としても負の影響がのこる」

「ふん、冒険者風情が……。だが、それはこの町の調査を委ねられた、私に対しての不満、とうけとってよいのかな?」

 雰囲気が悪くなった。暗がりで、相手も黒服を着るため、完全に見えているわけではないが、明らかに不興を買ったようだ。


「不満ではない。確認だ。ここでは確認もさせてもらえないのか?」

「今回は、急ぎの仕事だ」

「急ぎ? 獣人族が攫われた……?」

「そうではない。だが、オマエが受けないのなら、別の冒険者に……」

「それが脅し文句か……。分かった、引き受けよう。だが、これがギルドを通した正式の依頼だというなら、ギルドにもう一度確認をとった上で、引き受けることにしよう」

 この言葉で、モンクのリクィデーターとは完全に不和となったけれど、前回の件もあるので、ここはしっかりと確認したいところだ。

 森に生えているキノコに、魔力を通すとインターネットのようにつかえる。ボクも通信をした後で「分かった。仕事を受けるよ」と同意した。

 ナナリーの町は、他の国と領土を接する国境の町ではなく、それほど堅牢な城はつくられていない。むしろ、武骨なそうした岩とレンガでできたお城は、ナナリーの美的感覚とは外れるだろう。

 侵入は容易だ。そしてボクは、ナナリー王女がいる居室へと向かった。

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