第14話 ナナリーの町

   ~~ マスク ~~


「何で全裸……?」

「里ではみんな全裸だったのん。服をきるのは、外にでるときや里以外の者と会うときだけなのん」

 エルフ族の掟では「里をみた者は殺す」らしいけれど、それは全裸でいるところをみられたら、殺したくなるほど恥ずかしい……ということ? ルゥナは日常から、全裸で生活しようとするのも、ボクとの関係が一歩すすんだからのようだ。

「マントと下着しか服がないっていうのも、問題じゃない?」

 いつも全裸のスライムのネルがそういうと、微妙に違和感があるけれど、確かにルゥナにしろ、フィアにしろ、替えの服がないのは困りものだ。

「仕方ない、町に行くか……」

 あまり気乗りしないけれど、町に行くことにした。でも、フィアは前回のトラウマがあり、警戒するのでちがう町に行くことにする。

 この世界のことを少し説明しておくと、ボクがいるのはドミナトス、専制君主制が布かれた国だ。王族がおり、その下に貴族がいて、それぞれの町を支配する形態がとられている。

「ナナリーの町に行こう」

 ナナリーは第三王女の名前であり、そのまま町の名前になった。ここはナナリーの意向もあって、統制がきちんととれ、獣人族が支配されることに変わりないけれど、奴隷ではなく召使や下僕、程度の扱いにとどまる。

 領主がろくでもないと、それこそ獣人族の扱いも悪くなる。そこなら、フィアの負担も少ないはずだ。

 ただ町に行く前に……。「ルゥナのマスクをつくろう」


 ボクも町に行くときは、身分を隠すためにマスクをつけるけれど、エルフ族のルゥナが人族の町に、素顔のまま行ったら大騒ぎだ。

「え、何するのん⁉ やめて、やめて欲しいのん‼ 嫌~ッ!」

 横たわったルゥナは、顔にねっとりとしたものを塗られ、自然と無口になる。

 フィアもついでに、マスクをつくるために隣に横たえたけれど、ぎゅっと固く目を閉じて、無言である。

「あまり顔に力を入れないで。普段の顔とマスクが合わなくなる。楽にして」

「はい……」

 鼻のところに空気の通り道をつくり、ねっとりとしたものをフィアの顔にも塗る。

 これはシリコンのように、熱をかけて柔らかくしたもので、顔に塗ってしばらく放置すると、形状が安定して固まる。後は微妙な整形をし、色をつけるとマスクができ上がりだ。

 ネルが薬草を体の中にとりこみ、処理すると色インクをつくってくれる。これはスライムの特性で、化学合成を体内でできるそうだ。「吐瀉物?」と尋ねると怒られるので、黙って色インクを有難くうけとった。ネルにこうしたお願いをするときは、代わりに豪華な夕飯を要求されるのが常である。

 この世界ではマスク自体がこうして簡単にできるため、人族だとマスクをする者も多い。それは恨みを買ったり、身分を明かしたくないなど、様々な事情もあってそうするのだ。

 二人とも、自分で思い思いの色をつけてマスクが完成し、愈々ナナリーの町へと向かった。




   ~~ 町を歩く ~~


 ナナリーの町――。自らの名を冠しているだけに、街並みはきれいで、整えられている。獣人族も、他の町では藁を積んでテントのようにした竪穴式住居で暮らすけれど、ここでは江戸時代の長屋のように、板葺きの集合住宅で暮らす。

 そうしたことも、町の美しさに寄与するのだろう。

 でも、フィアはボクの左腕にしがみついたまま、離れようとしない。ルゥナは初めて人族の町にきたこともあって、お上りさんのように盛んにきょろきょろと辺りを見回している。

 人族が利用するブティックに入ると、若い女性が愛想よく近づいてくる。

 フィアは前回のように、落ち着いた服が好きなので、それで注文をだすけれど、ルゥナは「大胆なもので」と、店員もびっくりするような注文をする。

 ルゥナのお尻をつねると、ギャッと悲鳴を上げて沈黙するので「普段着なので、動きやすいものを……」と注文を出し直す。

 店員も「若い奥さんと獣人族の愛人……。大変そうですね」と、憐れみを籠めた目でみられる。

 こんなときのために、暗殺でお金を稼いでいるけれど、同情は買いたくない……と改めて思った。


 二人は採寸から、布選びなど色々とあるので、ボクは一旦外へでた。ここは治安がよいためか、ほとんど来た例がない。大体、ボクがうける暗殺依頼は、理不尽な扱いをうけた獣人族が、なけなしのお金をだして恨みを晴らしてほしい、というものが大半だからだ。

 ただ気になるのは、獣人族を虐げるムードはないものの、その獣人族にも笑顔はなく、厳格に作業に従事する姿ばかり、ということだ。恐らく、真面目に働く者には恩寵を、怠ける者には厳罰を、といった法の執行が徹底されており、一面堅苦しさも感じさせた。

「見ない顔だな!」

 威圧的な声に、驚いて振り返るとマスクをつけた女性兵士が立っていた。こちらもマスクをするので、身バレしたわけではないものの、警戒されるのはマズイので、無難に対応する。

「買い物と、観光ですよ。この町の人間じゃない」

「観光……? このナナリーの町に、見るべき点はないはずだが?」

「治安のよさ。美しい街並み。物価も抑えられ、来るべき価値のある町ですよ」

「そ、そうか! 外の者からみても、そう思うか⁉」

 本人がそう名乗ったわけではないけれど、嬉しそうにそういう彼女は、どうやらナナリー領主のようだった。


「旅をしているのか……。いいなぁ。私はこの町から出たことがない」

 大樹をつかった転移魔法は、魔力の消費は少なくて済むものの、扱える者が少ない魔法だ。それに王族だと、お忍びで町を歩くぐらいが関の山で、町の外にでることはできないだろう。

「この町で、気になることはないか? 何でもいい。気づいたことを教えてくれたら有難い」

「やはり獣人族の扱いが悪くなると、町の見た目、環境も悪くなりますし、何よりそこから病気が発生して大きな損失につながった町も、いくつか見てきました。ボクが知る話に、パノプティコンというものがあります」

「パノ……何?」

「貧民層の生活水準を向上させると、町が発展する、という考えです」

「共感! 共感するぞ!」

「多くの町で、獣人族は貧民街で暮らしています。どうしてもそこが汚らしく、また病気の発生源になる。そうなると、ますます人族もそこを嫌悪し、敵視する。その負の連鎖が、ここではみられない……。

 ただ、法を厳格に適用しすぎると、やはり暮らしにくさが目立ってくる」

 それは町への批判であり、女性兵士の雰囲気が俄かに悪くなるのを感じていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る