第12話 ヤサイ育て
~~ エルフ事件、顛末 ~~
「私は、野菜を育てるのん!」
ルゥナは決意を秘めた表情で、そう宣言した。
結局、ルゥナはボクが引き取った。彼女もそれを望んだし、他に行くところもないからだ。そこで、動物のお世話は嫌だ……ということで宣言したのが、先の言葉である。
「確かに、動物たちがもってきてくれた木の実や果実では、不足するものも多いけど……」
「そうでしょ! そうでしょ! エルフは植物と友達。野菜ならうまく育てられるのん!」
「いいのか? その友達を食べちゃって?」
「野菜は食べられることを前提で育つのん。ちゃんとタネを残して、次世代へと引き継ぐことをしてあげるから、ウィン・ウィンなのん」
彼女にとっては、居候が心苦しくて、何か役に立つことを……と考えた結果のはずだ。ボクも多少は畑作業をやっているけれど、片手間で中々うまくいかない。前世では農作業もしていたけれど、いくらここの環境が似ていて、植生もほぼ同じといっても、育てるのは中々難しい。
エルフ事件の顛末を、少し語っておこう。エルフの村にタークォールの雫をとどけたのはボクだ。
パーティーを壊滅させた冒険者……ということで信じてもらったが、なぜ今まで秘宝をもっていたのか? エルフから疑いの目でみられることは覚悟し、ルゥナのことは伝えなかった。
エルフの長老……と思しき、齢三百年は越えているのでは? というエルフがボクと対面し「ラゥガはどうした?」と尋ねてきた。
「ギルドが始末した。リクィデーターとして掟を破ったからな。エルフも、ギルドに協力しているのか?」
「否! ヤツは没落した裏切り者だ。その結果、金に困ってそんなことを始めたのだろう」
「没落? 裏切り? 穏当じゃないな」
「内輪の話だ。部外者に話すつもりはない。ただ、あまりに貧困に貶め過ぎた。その結果、秘宝を盗むなど大それた行動をとったのだろう」
タークォールの雫は、小さくて重厚な函に収められており、中身はみていない。エルフにとって価値のあるものらしいが……。
「捕まえた冒険者たちはどうする?」
「相応の罰をうけさせる。人族が我らの領域に入ったのだから……」
恐らく、殺されるのだろう。ボクもエルフの森に立ちいっているけれど、エルフの里に入りこんだわけではない。そこを見た人族は生きて返さない……というのが彼らの掟らしい。
それを知って、冒険者も手をだしたのだから、自業自得だ。でも……「何で彼らはラゥガに協力したんだ?」
「金だろう。私の知るところではない」
「そのお宝は、金になるのか?」
「我ら以外で、価値はない」
だけど、エルフに売ることを前提にしたら、価値はあるということか……。
ルゥナに聞いた話では、両親は望まぬ結婚をした。そのことで村八分になり、仕方なく父親はリクィデーターをして稼いでいたようだ。そこで知り合った冒険者と、秘宝の強奪を画策。今回の件を引き起こした……。
ただ、その引き金は「ラゥガの妻は、どうして死んだんだ?」
皺くちゃのエルフは一瞬笑ったように、ボクには見えた。「病気だよ。心の……」
~~ 泉の告白 ~~
「この池の近くなら、畑の水には困らないはずだ」
今日は動物病院を休んで、泉に遊びに来ていた。それはルゥナが畑をしたいという希望もあって、その近くにある肥沃な土地を紹介するためでもある。
基本的にここでは芋が主食なのだけれど、お米もある。ただ、水を大量につかうために育てられる場所が少なく、買うのは高い。小麦も、人族の主食となっているけれど、獣人族など、虐げられる立場の人々にはまわってこない。ここでお米をつくれれば……と考えたのだ。
泉のほとりに布を敷いて、その上にもってきたお弁当を広げる。これは、忙しくても文句をいわず働いてくれる、フィアへのご褒美でもあり、すべてボクが準備したものだ。
「この水は飲めるのん?」
「動物たちが水浴びをする前なら、飲めるんだけどね」
一通り、食事をした後で、ルゥナがおもむろに立ち上がった。
何を……と尋ねる間もなく、彼女はするするとすべての服を脱ぎ去った。真っ白な体はまるで透き通るようで、ほっそりとした体は未成熟さを示す。ボクがその背中をみつめていると、そのまま駆けだして水へと飛びこんでいった。
父親が亡くなるのを、目の前で見ていた。あのときは号泣していたけれど、それ以来涙をみせたことはない。
エルフの里にもいられず、勿論人族ではないから、人族の町へも行けない。他にエルフが暮らす場所を彼女は知らないので、そこに行くこともできない。
ボクが預かることにしたけれど、彼女の立場は不安定だ。
「助けて……」
冒険者を倒したとき、彼女がボクに呟いたときの表情を、今でも憶えている。父親の指示で、悪事には加担したけれど、どうしていいか分からずに戸惑っている……そんな表情だった。
泉から上がってきたルゥナは、前を隠すこともない。ただ、胸はあまり膨らんでおらず、その先にあるピンク色の果実は、体が冷えたせいか、小さいながらもつんと立って存在を主張する。背はフィアより高く、ボクよりやや低いぐらいで、スレンダーという言葉がよく似合う。
「前を隠さないと……」
胸はともかく、下は隠すような叢もなく、ボクも慌てて目を逸らす。でも、ルゥナは隠さないばかりか、ボクの前まで歩み寄ってきた。
「私、決めたのん!」
「……え?」
「あなたの愛人になるのん!」
「愛人って……、意味が分かって言っている?」
「分かっているのん! でも、里にのこっていたら、どうせ今ごろ結婚させられていたのん。里では、結婚は勝手に長老会が決めるものなのん。それが嫌で、好きな者同士で結婚した両親は、村八分にされた……。
私にもその年齢が迫ってきたのん。それで両親も、里を出ようと決めた……。でもその前に、お母さんが殺されたのん……」
長老は「心の病気」と言っていたが、ルゥナ立家族からみれば、殺されたも同然、というところか。それは働き口もなく、生活にも困窮するレベルなら、精神的に追いこまれる。
「あなたが現れたとき、私は思ったのん。この人なら、私を救ってくれるって……」
「買い被りだよ」
ルゥナは飛びつくようにして、ボクに抱きついてきた。まるで衝突するような激しさで、ボクは唇を重ねられていた。ボクも驚いたけれど、隣にいるフィアも目を丸くしてボクたちを見つめていた。
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