第11話 エルフの事情

   ~~ ブラッシング ~~


 フィアはボクと関係するようになってから、よく笑うようになった。それまでの不安から解放され、いつもニコニコと笑う。料理も少しずつ覚えて、ボクがいないときは、簡単なものなら自分で料理するようになった。

 獣人族は、動物ともすぐ親しくなれる。動物病院のようなことをするとき、ボクはテイムで動物の声を知るけれど、フィアは獣人族がもつ能力で、動物の声を聴くことができた。

「仲がいいわね……」

 エルフのルゥナが、ボクとフィアが動物たちの世話をするのをみて、そう呟く。

「あなたも手伝ったら? 居候なんだから……」

 スライムのネルがそういっても、ルゥナは肩をすくめる。

「私も動物は好き。でも、森を荒らす動物もいるから、すべてじゃないのん。ああいう奉仕的なことをするのは、ちょっと……」

 そういって、大欠伸をする。

「あら、寝不足?」

「そりゃあ、あんな声が聞こえていたら……」

 ルゥナは別棟に泊まっている。それは、ボクとフィアが毎晩することに関係する。ただ、竈や風呂、トイレがある別棟は、それこそ土間であり、無理やり板を敷いて寝床をつくっている状況だった。

「彼らは夫婦なのん?」

「今のところ、人族と獣人族で、夫婦になることはできないわよ」

「今のところ?」

「ふふふ……。今のところ」

 ネルは意味深な余韻をのこして、そういった。


「ほら、ブラッシングしてあげるよ」

 ボクがそういうと、フィアは嬉しそうに走り寄ってきて、ボクの前にちょこんとすわる。すでに夜、ランプの灯りは山小屋にしかないので、ここにボクとフィア、それにルゥナもいる。

 フィアは赤毛で、ぴんと立った耳から、丁寧につげ櫛でブラッシングしてあげる。尻尾もふくめ、ゆっくりと梳かすと石鹸の香りもただよう。フィアは気持ちよさそうに目を閉じ、ボクにされるがままだ。

 あまりにフィアが気持ちよさそうなので、ルゥナもむずむずしたらしい。

「わ、私にも……その、やってもらえないのん?」

「別にいいけど……。じゃあ、君の髪質ならこれかな」

 大きめで幅広ののブラシをとりだした。彼女はウェーブが強いので、目の細かい櫛だと髪が傷んでしまう。これは動物ごとにブラシも別けており、時間があるときに自作したものだ。

 ルゥナはふだん、シニヨンにして後ろに髪をまとめているが、それを解くと腰までの長さがある。ボクが優しくブラッシングしていると、彼女の目からは自然と大粒の涙がこぼれ落ちた。

 髪を梳いたことで、心のガードも解けたように、彼女は訥々と語りだした。




   ~~ 裏切りの血 ~~


 マッシュルーム通信で、ギルドから連絡がある。

『大至急、ヤーセルの町に来られたし』

 指定された場所で待つと、現れた狩人の恰好をしたリクィデーターは弓矢を番えていた。「ギルドの依頼を、違えたな?」

「何のことだ?」

「惚けるな! エルフの秘宝をどうした?」

「秘宝ね……。ボクなりに推測してみた。エルフの秘宝とは?」

 急に質問をしたことで、リクィデーターも戸惑う。

「秘宝が何か……なんて、私は知らない」

「何か知らないのに、これが秘宝です、と渡され、オマエはそれを信じるのか?」

「…………」

「秘宝の話はオマエから聞いた。ギルドとして秘宝をとりもどして欲しいなら、そう依頼をだす。それに、冒険者と一緒にエルフの娘もいた。ギルドの仕事の依頼のし方としては、稚拙に過ぎる。……ボクに依頼をだしたのはオマエだな? ルゥナの父、ラゥガさん」

 相手はゆっくりとマスクを外した。リクィデーターの中身は、中年のエルフの男性だった。


「ギルドの中の人間なら、ギルドを装ってボクに連絡することが可能。ただ、秘宝の話を通信で行うと、何らかの規制に引っかかる。そこで、ボクに会ったときに伝えることにした。それはボクから奪うため……だろ? 冒険者まで雇って、秘宝を奪おうとしたら他のエルフに見つかり、目的を果たせなくなった……。だから全滅させようとした。ボクの手で……」

「…………」

「分からないのは、どうして娘までボクに殺させようとした?」

「そんなことはない! 計画が狂って、案内役をさせていた娘も残されたが、助けるつもりで……」

「計画? 狂ったのは計算、だろ? なら、どうしてボクに依頼するとき、エルフ族の少女が雑じっている、と伝えなかった?

 多分、オマエはこう考えた。『人質』というと、冒険者と協力してボクと戦おうとした場合、イイワケができなくなる。『仲間』というと、確実にボクに殺されるだろうが、計画が露見することは防げる。

 どちらも択ばなかった……。むしろ、娘が助かる可能性もあった、前者を選択しなかった……」


 ラゥガは矢を番えたまま、顔を歪めた。

「娘は……死んでいるはずだ。計画が失敗したら、死ねと伝えておいた。そのときの秘宝の隠し場所まで、計画のうちだった。そこに秘宝がなかった。オマエが奪ったとしか思えん!」

「なぜ、娘が秘宝をもって逃げた、と考えない?」

「娘は死んだんだ! エールウォーの滝に飛びこんで……」

「お父さん……」

 そのとき、木の陰に隠れていたルゥナが姿を現わす。

 ルゥナから一連の顛末は聞いていた。ただ、父親が何を考えていたのか? それを知りたかったのだ。

「何で、娘を犠牲にしてまで、秘宝を?」

 ラゥガは声を高らかに、笑みすら浮かべて言った。

「秘宝を手に入れ、遠くのエルフの里に行って、楽な暮らしをする。そのとき、コブつきじゃあ、また苦労するだけだろ?」

 ルゥナはわっと泣きだす。それにも構わず、ラゥガはボクに弓を構えた。

「さぁ、早く秘宝を渡せッ!」

 彼がそう威圧した瞬間、「ライトニング・アロウ!」と叫ぶ声が聞こえるのと同時に、ラゥガの胸を無数の光の矢が貫き、彼の体は崩れ落ちていた。

「ご迷惑をおかけしました」

 その場に現れたのは、フィアを助けたときにボクを案内した、黒い修道服をきたリクィデーターだ。

 ギルドに今回の件を通報したところ、リクィデーターが起こした事件に、別のリクィデーターを派遣してきたのだ。

「ギルドが表の仕事を依頼してきたときから、おかしいと思っていた。しかしリクィデーターにエルフがいたとは驚きだよ」

 黒い修道服のリクィデーターは、肩をすくめただけで、すぐに視線をちがう方に向けた。「どうします? 彼女……」

 父親の傍らで、泣き崩れているルゥナのことだ。

「さて、どうしようかな……」


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