第8話 一夜明けて

   ~~ 襲撃の代償 ~~


 夜明け……。ボクは清々しい気持ちと、体にべったりとついた汗……。それは二人分のものをまとって、山小屋の外へでてきた。

「まったく……いつまでやっているのかしら?」

「わッ! びっくりした……」

 ネルがそこにいて、ボクも腰を抜かしそうになる。それは何度も腰をふりつづけた結果でもあり、もう体は疲れて、心とは裏腹に立つことさえままならない。

「き、聞いていた?」

「聞いていたんじゃない。聞こえていたの」

 まるで、家で彼女とエッチしていたら急に親が帰ってきたときのよう……と、ボクもそのときの気持ちが分かった気がした。

「別に、私は何も言わないし、止めるつもりもない。でも、本当にやっちゃってよかったの?」

 フィアはギルドから預けられただけで、これが大問題になる可能性もあった。

「でも、落ちこんでいる彼女を、少しでも慰めてあげようと……」

「だからって、夕方から朝まで、足腰が立たなくなるまでやる必要はないでしょう。それで彼女は?」

「疲れて眠っているよ。ボクもひと眠りしていたけど、空腹で目覚めた」

 ショートスリーパーで、一時間も眠れば十分なボクとちがい、フィアはまだぐっすり眠っている。

「それに、彼女が眠っている間にやっておきたいこともあって……」


 キュウラの町――。

「やっぱり、来ると思ったよ」

 そこにいたのは、デュラクだった。

「なぜ、ボクたちを襲った?」

「高い奴隷を、オマエのような冒険者が手に入れたことが、ちょっと羨ましくなっただけだよ。だが、あのときも言ったが、オレは色気のある獣人族のメスが好きで、処女の獣人族なんて興味はない。あくまで高く売れそうだから手に入れようとしただけさ。仲間を募ってな」

「仲間? オマエにとっては、使い捨ての道具だろ?」

「そうだよ。おっと……、それ以上は近づくな。どんなものかは知らんが、近づくとヤバい術をつかってくることはお見通しだ」

 デュラクは背中に負った、二本の斧をすらりと抜く。投げつけることもでき、安易に近づくのは危険だ。

 ボクのドミネートについても、デュラクは知っている。本質は知らずとも、恐ろしいスキルだと気づいている。膠着状態だと思われたそのとき、デュラクが呪文を唱えているのに気づく。

「ライトニング・ガジリオン!」

 無数の光の矢が、ボクをめがけて殺到してきた。


「やっぱりデュラクは、ウォーリアーではなく、ウォーロックだったんだな」

 デュラクは斧をにぎりしめたまま、ハッとしたけれど、ふり返りはしなかった。ボクが後ろにいるからだ。

「何で……気づいた?」

「ウォーリアーとしてのスキルが、何もなかったからだよ。それを隠すため、無茶苦茶な戦いぶりをみせていたが、魔法使いなのに、よくそこまで体を鍛え、剣技を磨いたものだ」

 ボクは彼の後ろに立っていた。莫大な魔力をつかうけれど、大樹を利用せずとも転移はできる。それをつかって、光の矢が直撃する寸前、むしろその衝撃を隠れ蓑に、彼の後ろへと転移したのだ。

「オマエも……ウィザードか?」

「いいや。テイマーだ」

 ドミネート――。ボクを殺し、フィアを奪おうとした報いだ。彼は斧で、自らの体を切り刻みはじめた。自分で意図してやっているわけではない。腕が勝手に、躊躇いもなく体を切りつけているのだ。そして、左手の斧が彼の頭をたたき割ったとき、戦いは終わった。




   ~~ 出産 ~~


「ほら。起きて。また朝ご飯ではなく、昼だけど……ご飯にしよう」

 フィアを揺り起こすと、彼女はうっすらと目を開けて、すぐに伸び上がるようにして唇を重ねてきた。

 記憶もなく、ずっと一人で不安だったのだろう。それがボクと一つになれて、居場所をみつけたように、安堵した表情をしている。

 起き上がった彼女は、まだ全裸だと気づいて、慌てて布団を引っ張り上げた。

「早く服をきて。せっかく作ったのに、あまり着ないなんて勿体ないから」

 冗談めかしてそういうと、フィアも赤い顔をしながら、服をきて別棟へと走りこんでいった。

「結局、アナタたちを襲ったのはギルドではなく、ただの冒険者のやっかみ? とんだお騒がせね」

 ネルがそう話しかけてくる。

「よくあることさ。冒険者を、全面的に信じてはいけない。表も、裏も仕事をうけるような冒険者は金に目のない奴らが多いからね」

 この世界では、冒険者間の争い、トラブルが頻繁に起きる。だからリクィデーターのような存在も必要なのだ。


 腹ごしらえをして、お昼からは動物たちのお世話の時間である。今日から、フィアにも手伝ってもらうことにした。何より、大仕事が待っているからだ。

「牛さん、ほら、頑張って」

 ボクは動物に名前をつけて呼んだりしない。この世界では、人族の間でさえ名前を相手に知られることは禁忌だからだ。牛も、ボクが知るそれより野性であって、水牛に近い。それが今日、出産を迎えていた。

 立ったり、すわったりをくり返し、それでも頭すら出てこない、破水から時間も経っており、かなり難産だ。

「もしかしたら、逆子でうまくでてこられないのかもしれない……」

 ボクはそう呟くと、産道に自分の手をつっこんだ。仔牛の前足をさぐり当て、それをもって引っ張る。

「フィアも手伝って。ボクの体を引っ張って」

 遅れると、仔牛が胎盤からでてこられず、死んでしまう可能性もある。産道へと導きながら、思い切り引っ張ると、頭がでてきた。

 フィアと二人で行った共同作業は、牛の出産となってしまった。


 夕方までかかったけれど、仔牛が初乳を飲んでいるのを見ると、ホッとする。

「え? もらっていいの?」

 ボクがいきなりそう声をだしたので、フィアがびっくりしている。

「どうしたの?」

「乳をもらっていいって。ちょっとだけご相伴にあずかろうか」

 コップ二杯分、乳をしぼって、それを60℃ぐらいの温度で、ことこと煮る。高温で短時間で殺菌すると味も変わってしまうので、ボクはこっちの方が好きだ。フィアと二人、一仕事を終えて、牛乳で乾杯する。

 人族と、獣人族の間では子供が生まれない、とされる。だから、人族が獣人族のことを娼婦として扱ったり、奴隷として屋敷にかこっておき、性の捌け口にすることが多い。

 ボクはフィアのことが好きだ。牛乳で少し白くなった互いの唇を、どちらともなく重ねると、二人の子供……そんな言葉が脳裏をよぎっていた。



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